Far away ~いつまでも、君を・・・~
結局、終わりまで練習に付き合った彩が


「今日はお邪魔しました。これからも頑張ってください。」


と挨拶して、道場を出ようとすると


「なぁみんな、せっかくだから最後に彩先輩に、模範演技を見せてもらおうか。」


尚輝が口を開いた。その言葉に部員たちはどっと歓声を上げるが、彩は飛び上がった。


「ちょっと、なに言ってるの?私もう全然弓握ってないって、知ってるでしょ?」


慌てて首を振るが


「構いませんよ。俺はこいつらに先輩の立ち振る舞いを見せたいんです。お願いします。」


尚輝は真剣な表情で言って来る。その表情に、一瞬息を呑んだ彩は


「・・・でも、私今日、弓はおろか道着も袴も持ってきてないよ。」


と尚も拒むが


「はい、私、予備持ってます。」


1人の女子部員が、すっと手を挙げて言った。


「えっ?」


「先輩ならサイズもピッタリだと思います。弓も私のを是非、使ってください。」


と言われて、思わず彩は尚輝を見た。


「先輩、お願いします。」


そのダメ押しのような尚輝の言葉に、彩はようやく覚悟を決めた。


少しして、正装で戻ってきた彩を見て、部員たちは思わず「綺麗」「かっこいい」などと声を上げる。


(やっぱり彩先輩には、道着に袴が一番似合う・・・。)


尚輝も内心、ため息をつく。


「わざわざこんな格好してなんだけど、一射だけだからね。それ以上は無理だから。」


そう言って来た彩に


「わかりました、お願いします。」


尚輝は厳かに言った。その言葉に頷いて、先ほどの女子生徒から、弓と矢を受け取ると、彩は大きく1つ息をついて、的に向かった。


先程までの戸惑いや躊躇は完全に消え去り、引き締まった表情で前方を見つめる彩の凛々しい姿に、尚輝は顧問という今の立場を忘れ、不覚にも見惚れてしまった。


そして、彼や部員たちが見守る中、精神集中を終えた彩は、ゆっくりと所作に入ったが、すぐにその動きは止まり、弓を下ろすと、目を瞑った。


(先輩・・・。)


思わず、心配そうな視線を向けた尚輝だが、彩はやがて、瞼を開き、一心に的を見据えると、再び、所作に入る。そして今度はその動きは止まることなく、力一杯弓を引いた彩は、万感の思いを込めるかのように、弦を放した。


ヒュンと音と共に放たれた矢は、真っすぐに的をめがけて飛び、やがてその中心に的中した。それを見届け、一礼して、振り返った彩に、部員たちから一斉に拍手が起こる。


「ありがとう。これ、ちゃんと洗濯して返すね。」


ようやく笑顔になった彩は、女子生徒にそう話し掛けていた。
< 283 / 353 >

この作品をシェア

pagetop