Far away ~いつまでも、君を・・・~

「そうだよ、今の感じ。肩に力が必要以上に入ってなかったから、よかったよ。」


「はい、ありがとうございます。」


彩に声を掛けられた部員は嬉しそうに答えると、また順番を待つ列に並んで行く。


彩が弓道部に顔を出すようになってから、ほぼひと月が過ぎた。現役の頃は、道場ではストイックで、やや近寄り難い雰囲気を醸し出していた彩だが、今はにこやかに後輩たちに声を掛けている。


週に3日、彩はOB・OG会からの協力指導員として、部を訪れている。報酬については辞退するつもりだったが、それはかえって拙いらしく、形だけの金額を会から受け取っている。


「先輩が前に進む原動力はやっぱり弓道。」


と尚輝に言われたが、その通りだったなと実感する。正直、最初はどうしても斗真のことが頭に浮かび、辛い思いを抱くこともあったが、久しぶりに弓に触れ合う日々、そして若い後輩たちと触れ合い、共に汗を流す時間が、いつしかそんなものを吹き飛ばしてくれていた。


「私さぁ、子供の頃に見たドラマがきっかけで、ずっとホテリエに憧れてたから、就活もほぼホテル1本だったんだけど、今にして思うと、尚輝や京香ちゃんのように、教師もありだったかなぁ。」


ある日、そんなことを言い出した彩に


「そうですね。先輩なら生徒に慕われる、いい教師になったでしょうね。」


と尚輝が返すと


「あんたは本当に口がうまくなったね。」


と言いながら、彩が笑う。その笑顔を見て


(よかった・・・。先輩に笑顔が戻った。俺は先輩には、いつもああして笑っていて欲しい。人目を憚り、暗く沈んで、思い悩む彩先輩なんか俺は見たくない。)


と尚輝は心から思う。


その日も部活が終わり、部員たちを送り出すと


「じゃ、今日もこれから少し練習させてもらうよ。」


彩が尚輝に告げる。練習終了後、30分程、彩は自分の練習をするのが、恒例になっていた。


「わかりました。じゃ、俺はその頃戻ってきます。」


「あんたは練習しなくていいの?同じ試合に出るんでしょ?」


「大丈夫です。俺は他の日でも時間取れますし、ちょっと職員室戻ってやることがあるんで。」


「そっか。じゃ悪いけどよろしく。」


「はい。」


笑顔でそう答えると、尚輝は道場を出た。
< 286 / 353 >

この作品をシェア

pagetop