Far away ~いつまでも、君を・・・~
結局、尚輝は京香の両親と会うことなく、家路に着いた。


翌日から尚輝は、またいつものように教鞭を執る。何度見渡しても、もう京香の姿の見えない職員室で


(よし、今日もやるぞ。)


自分を奮い立たせて、尚輝は教室に向かう。そして、授業が終われば、今度は弓道部顧問として、部員たちを指導する。気が付けば、3年生たちにとって最後の試合となるインハイ予選までもうひと月ちょっと。希望に胸膨らませて、入部してきた1年生たちもいる。教師として、顧問として、尚輝の為すべきことは、本当にたくさんある。


この日、春休みが終わった後、進級に伴う受講科目の決定や所属する部の新入部員勧誘活動等で忙しく、しばらく顔を出していなかった千夏が来校した。


「無事履修届も出し終わって、とりあえず今年もこちらに来られそうです。改めてよろしくお願いします。」


千夏がそう挨拶すると、部員の間からは歓声が上がる。彩、千夏両コーチの不在は、部員たちに不安と不満を与えていたようで


(もともと、この部活の指導は、俺1人でやっていたはずなんだが、これじゃ、俺の立場が・・・。)


尚輝は内心、苦笑いをしていたが、もちろん千夏の存在がありがたく思っているのは、彼も同じだ。この日は、千夏が新入部員、尚輝が2、3年生を受け持ち、練習はスム-ズに進んだ。


練習終了後、後片付けをしている尚輝に


「先生。」


最近、2人きりの時には呼ばれたことのない呼び方で、千夏が声を掛けて来た。


「なんだ?」


「試合、お願いします。」


「えっ?」


「今までは、京香先生が待ってると思って、遠慮してたけど。もういいですよね?」


「葉山・・・。」


遠慮会釈のない千夏の言葉に、なんとも言えない表情を浮かべる尚輝にはお構いなしに


「三本勝負、お願いします。」


千夏は真剣な表情で言った。


「わかった。」


その表情につられたように、尚輝も表情を引き締めた。


この日はたまたま尚輝も、いつものジャージではなく、道着に袴を着けていたこともあり、空気は一気に厳しくなった。


まず、千夏が的前に立つ。キリッとした表情で的を見据える千夏に、ふと彩の姿がダブる。


『尚輝が葉山さんを可愛がっているのは、彼女に彩さんを重ね合わせてるからだよ。』


かつてそんなことを他ならぬ京香に言われたことを思い出して、尚輝の胸に複雑な思いが浮かぶ。そんな邪心で集中力を欠いたのか、尚輝はわずか1中に終わり、全中の千夏に完敗を喫した。
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