Far away ~いつまでも、君を・・・~

「いらっしゃいませ。ホテルクラウンプラザにようこそ。」


チェックインの為に、目の前のお客に対して、彩は満面の笑みを浮かべると、いつものように恭しく頭を下げる。


「本日は当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さいませ。」


クラウンプラザのGWは盛況だった。宿泊客のチェックインが多くなる夕方の時間になり、フロントには列が出来ている。彩を含む3人のクラ-クは、今やフル稼働だ。ホテル、観光業界にとっては、まさしく書き入れ時であるGW。慌ただしく時間が過ぎて行く、今の自分の環境が、彩は嬉しく、またやりがいを感じていた。


「いやぁ、凄かったなぁ。」


18時を過ぎ、チェックインの波もようやく一段落し、クロ-クの1人が思わず、そう口走ると


「そうですね。」


彩は笑顔で応じる。


「でも、あの忙しさの中でも廣瀬さん、なんか楽しそうでした。」


他の1人に言われて


「ええ、楽しいというかとにかく嬉しかったんです。」


と答えた彩は、やっぱり笑顔だった。


19時で、この日の勤務を終え、ホテルを出た彩は、心地よい疲労感と充実感に、その足取りも軽い。


(確かに忙しいし、トラブルやクレ-ムだってある。でも1年前のことを考えれば、今、自分がここに居られることが信じられないんだから・・・。)


それが実感だった。


(尚輝のお陰だよね。)


尚輝の尽力がなければ、今の自分はない。それは間違いない。彩は素直に感謝している。


(だけど、その為に彼は大切な人と離れなくてはならなくなってしまった・・・。)


そのことを考えると、途端に彩の心は重くなる。


『今でも尚輝の心の中にいるのは彩さん。私じゃないんです。』


京香からの手紙の中に書かれていた、この言葉を思い出すたびに、彩は切なくなる。そんなわけない、いくらそう言ってあげたくても、京香はもう手の届かない遠くにいる。


彼女となんとかもう1度話そうと、尚輝は尽力しているはずだが、かれこれ彼と最後に話してからひと月あまり。なんの連絡もないところを見ると、状況は好転しているとは思えない。


だが・・・彩に出来ることは何もない。どうなったのと、こちらから問い合わせるのも変な話だ。申し訳ないという思いを抱えながら、日々を過ごして行くことしか出来なかった。
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