Far away ~いつまでも、君を・・・~
その後、まもなく斗真の身柄は警察から検察庁へ移された。いわゆる送検という手続きだ。そして、検察庁で検事から改めて、取り調べを受けた斗真は、全面的に罪を認め、供述に応じ、起訴された。この段階で、彼は保釈申請をすれば、一回釈放されることも出来た。伊藤さんはそれを勧めたみたいだが


「今の俺には、自分の保釈金を払う余裕なんかない。そんな余裕があるなら、彩を初めとした迷惑を掛けてしまったみんなへの返済に充てて欲しい。」


と言って、応じようとはしなかった。結局彼は、収監されたまま、裁判に臨むことになった。初公判の日、私は休暇を取って、裁判の傍聴に行くことにした。有休申請の印鑑をもらいに清水さんの所に行くと、理由を尋ねられた。既に清水さんには斗真のことは話していて、理由を言うとびっくりした顔をしていたが、それでも黙って、印を押してくれた。


そして当日。芸能人や有名人の絡んだ裁判ともなると、希望者やマスコミが殺到して傍聴するのに何倍もの倍率の抽選になるが、今日は当然そんなこともなく、私はすんなり裁判所に入ることが出来た。


裁判を傍聴するなんて、初めて。予想通り、法廷内は重々しい雰囲気で、私も緊張の面持ちで座っていると、やがて斗真と伊藤さんが入廷してきた。当然2人とも硬い表情だったが、私の顔を見ると、思わずハッとしたように一瞬立ち止まった。伊藤さんは私に軽く会釈してくれたが、斗真はすぐに視線を逸らし、2人はそのまま席に着いた。


少しして裁判官が登場、いよいよ裁判が始まる。


「被告人は証言台の前に立ちなさい。」


裁判官の指示で斗真が台に立った。すると裁判官から氏名、生年月日、本籍、住所、職業について質問があり、斗真はそれに淡々とした声で答えて行く、最後の職業の問いに


「無職です。」


と斗真が答えた時、私は思わず胸をつかれた。その後は検察官から起訴状が読み上げられ、斗真はそれを立ったまま聞いている。それが終わると裁判官は


「検察官から読み上げた起訴状の内容に間違ったところはありますか?」


との問いを発したけど、斗真ははっきりとした口調で


「間違いありません。」


と答えたのが印象的だった。


斗真はこのあと退廷するまで、私とは1度も目を合わせることはなく、この日の審理は半日ほどで終わった。
< 346 / 353 >

この作品をシェア

pagetop