君と笑い合えるとき
そうだ,そうだった。

私は静流くんにそういって,思って欲しくて。

たった1日のために浴衣を買ったんだった。

静流くんなら,きっと。

そんな風に口にしてくれるって,分かってたから。

ああ,やっぱり。

ほっぺが,あつい。



「ありがとう」



へへ……と,溢すような照れ隠し。

静流くんこそ,いつも通り最高だよ,なんて。

たとえ口に出来なくても。

浴衣に合わせた,久しぶりで慣れない下駄も,決して無駄ではない。



「きこ,今日はなに食べたい?」



年上なのに,年上だから……?

自分からは特に主張しないのに,どうしてか。

静流くんは昔から,まず初めに私に尋ねる。

聞き返したら,静流くんは静流くんで答えを持っているのに。



「わたがし……わたあめ?」



答えながら,私はこく,と突如沸いた疑問に首をかしげた。



「たしか,どっちでもいいんだよ」



たぶんね。

そう笑った静流くんは,迷わず私の手を包む。

握ったわけじゃない。

小さな私の手を,上から包んだだけだった。

手のひらに来ない静流くんの手に,私からは返せなくて。

かと思えば,ほらと言うように。

静流くんは息を詰めた私に向かって



「きこはすぐに迷子になっちゃうから」



そう悪戯に笑った。

そして,どこからか様子を見ていた人達の感心も悲鳴も物ともせずに。

私の手を,きゅっと握る。

指の腹に触れた静流くんの指が,一瞬。

気のせいだよと言うような,いじわるな一瞬。

1本か2本だけ,絡まった。



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