千燈花〜ETERNAL LOVE〜
宮の前では松明を持った六鯨と小彩、そして冬韻の姿があった。山代王は門の前で馬を止まらせ先に下りると私を抱き止めて降ろし、私を抱えたまま門をくぐった。その様子を見ていた冬韻が困惑した声で言った。
「お、王様、宮の者達が見ております…」
「かまわぬ」
山代王は冬韻の言葉を無視して宮の中を歩き続けた。私は急に我に返りしどろもどろに言った。
「や、山代王様、あ、歩けますので…」
「こうしたいのだ」
山代王はそう言うとそのまま宮の中を歩き続けた。冬韻が後ろから青ざめた顔でついてきている。山代王は私の部屋の前に来てようやく私を下ろした。
「今晩はこの宮に滞在する、そなたが消えてしまわぬようにな」
山代王が私を真っ直ぐに見つめながら背後にいる冬韻に聞こえるような少し皮肉めいた声で言った。
「王様、それはなりません、今夜は屋敷に戻られるべきです。王妃様や白蘭様も大変心配されております」
冬韻が即座に強い口調で返した。
山代王は唇を噛みしめながら振り返り、一瞬冬韻を睨んだあと夜空を仰ぎ目を閉じた。
ドラマのワンシーンでも見ているのだろうか…この重苦しい沈黙が耐えられない…とにかく落ち着いて、冷静に、冷静にと心の中で必死に自分に言い聞かせたあと、意を決して口をひらいた。
「山代王様、私はどこにも消えません。明日も明後日も、その次の日もこの宮におります。今日は王宮に戻られて下さい」
精一杯の言葉を並べうつむいた。本当なら彼に飛びつきたい所だがそうすべきではない事は重々理解していた。正直、私自身も突然の出来事に混乱している。まずは気持ちの整理が必要だと思ったし、そして何よりも以前冬韻と交わした約束が脳裏をかすめていた。
「僭越ながら王様、理由なく、橘宮で夜を明かすことは許されることではありません。王様はもはや自由なお立場ではないのです」
冬韻が毅然とした態度で言った。
「くそっ…」
山代王はそう言うと、私の手を握り言った。
「また、明日まいるゆえ、ゆっくり休みなさい」
十三年前に別れた時も、同じ言葉を聞いた事を思い出していた。でも今回はそうならないだろう…きっと全て上手くいく…
私が深く頷くと、山代王は少し寂しそうに微笑み冬韻と共に暗闇の中を帰って行った。二人を見届け部屋に戻った瞬間、急に力が抜けふらふらと寝台へと倒れ込んだ。
「燈花様!大丈夫ですか⁈」
小彩が蝋燭に火を灯しながら叫んだ。
「えぇ、大丈夫。ただ…驚いてしまって…」
部屋の天井を見つめながら呆然として答えると小彩がすかさず隣に来て呟いた。
「山代王様が燈花様の手巾をお持ちだったのです…確かにあれは、燈花様のものでした…中宮様が施した橘の刺繍が見えましたから…」
「手巾?…そういえば、多武峰の寺であの皇子の怪我に使ってそのままだわ…」
手巾の事など全く気に留めていなかった。まさかあの手巾がきっかけとなり再び山代王を引き寄せるとは想像もしていなかった。状況がどうであれ、もう逃げも隠れもできない…。これが運命なら流れに身を任せるしかない…きっと避けられない宿命でもあるのだろう…。
「燈花様の存在を知るのは時間の問題だと思ってはいましたが…予想よりも早く知られてしまいました…この先いったいどうなるのでしょうか?…まだ山代王様は燈花様の事をお慕いしているように見えました…燈花様も同じお気持ちですか?」
小彩が憂わしげな顔で言った。おそらく険しく困難な恋になるであろうと彼女も察しているのだろう…。でもこれが中宮が意図していた事ならば、勇気をもって受け入れ突き進むしかないと思った。私に与えられた振り返らずに進むべき道なのだろう…。
風もなくひっそりと静まりかえった夜にリーンリーンと鈴虫の優しい音色だけがいつまでも響いていた。
「お、王様、宮の者達が見ております…」
「かまわぬ」
山代王は冬韻の言葉を無視して宮の中を歩き続けた。私は急に我に返りしどろもどろに言った。
「や、山代王様、あ、歩けますので…」
「こうしたいのだ」
山代王はそう言うとそのまま宮の中を歩き続けた。冬韻が後ろから青ざめた顔でついてきている。山代王は私の部屋の前に来てようやく私を下ろした。
「今晩はこの宮に滞在する、そなたが消えてしまわぬようにな」
山代王が私を真っ直ぐに見つめながら背後にいる冬韻に聞こえるような少し皮肉めいた声で言った。
「王様、それはなりません、今夜は屋敷に戻られるべきです。王妃様や白蘭様も大変心配されております」
冬韻が即座に強い口調で返した。
山代王は唇を噛みしめながら振り返り、一瞬冬韻を睨んだあと夜空を仰ぎ目を閉じた。
ドラマのワンシーンでも見ているのだろうか…この重苦しい沈黙が耐えられない…とにかく落ち着いて、冷静に、冷静にと心の中で必死に自分に言い聞かせたあと、意を決して口をひらいた。
「山代王様、私はどこにも消えません。明日も明後日も、その次の日もこの宮におります。今日は王宮に戻られて下さい」
精一杯の言葉を並べうつむいた。本当なら彼に飛びつきたい所だがそうすべきではない事は重々理解していた。正直、私自身も突然の出来事に混乱している。まずは気持ちの整理が必要だと思ったし、そして何よりも以前冬韻と交わした約束が脳裏をかすめていた。
「僭越ながら王様、理由なく、橘宮で夜を明かすことは許されることではありません。王様はもはや自由なお立場ではないのです」
冬韻が毅然とした態度で言った。
「くそっ…」
山代王はそう言うと、私の手を握り言った。
「また、明日まいるゆえ、ゆっくり休みなさい」
十三年前に別れた時も、同じ言葉を聞いた事を思い出していた。でも今回はそうならないだろう…きっと全て上手くいく…
私が深く頷くと、山代王は少し寂しそうに微笑み冬韻と共に暗闇の中を帰って行った。二人を見届け部屋に戻った瞬間、急に力が抜けふらふらと寝台へと倒れ込んだ。
「燈花様!大丈夫ですか⁈」
小彩が蝋燭に火を灯しながら叫んだ。
「えぇ、大丈夫。ただ…驚いてしまって…」
部屋の天井を見つめながら呆然として答えると小彩がすかさず隣に来て呟いた。
「山代王様が燈花様の手巾をお持ちだったのです…確かにあれは、燈花様のものでした…中宮様が施した橘の刺繍が見えましたから…」
「手巾?…そういえば、多武峰の寺であの皇子の怪我に使ってそのままだわ…」
手巾の事など全く気に留めていなかった。まさかあの手巾がきっかけとなり再び山代王を引き寄せるとは想像もしていなかった。状況がどうであれ、もう逃げも隠れもできない…。これが運命なら流れに身を任せるしかない…きっと避けられない宿命でもあるのだろう…。
「燈花様の存在を知るのは時間の問題だと思ってはいましたが…予想よりも早く知られてしまいました…この先いったいどうなるのでしょうか?…まだ山代王様は燈花様の事をお慕いしているように見えました…燈花様も同じお気持ちですか?」
小彩が憂わしげな顔で言った。おそらく険しく困難な恋になるであろうと彼女も察しているのだろう…。でもこれが中宮が意図していた事ならば、勇気をもって受け入れ突き進むしかないと思った。私に与えられた振り返らずに進むべき道なのだろう…。
風もなくひっそりと静まりかえった夜にリーンリーンと鈴虫の優しい音色だけがいつまでも響いていた。