千燈花〜ETERNAL LOVE〜
動き始めた歯車
ひんやりとした風が金木犀の香りを乗せて戸口の隙間から入ってきた。宮の敷地に植えてある金木犀の花は満開だ。最近は風が吹くたびに秋の訪れを感じる。飛鳥で過ごす秋はこれで二度目だ。
朝だというのに部屋の中は薄暗い。今日の天気は曇りだとわかり少しだけ気が沈んだ。それにしても何故こんなに早く朝が訪れるのだろう…。温かな明るい陽ざしの中で目覚めたかったと強く思いながらゆっくりと寝台から起き上がった。
今日、山代王は来るだろうか…何から話せばいいのだろう…いっそのこと真実を打ち明けてしまおうか?…もちろん彼に再会出来きてとても嬉しいが、今後の展開の不安がどうしても頭に付きまとう。考えすぎだろうか?…。朝から拉致の明かない思考を巡らせたあと深いため息をつき再び目を閉じた。
トントン、トントン
「燈花様起きられましたか?」
「えぇ…」
私が力なく答えると、小彩がカチャカチャと音をたて部屋の中へと入ってきた。同時に桂花茶の甘い香りが部屋中にたちこめた。小彩は茶器を寝台の横にある台の上に置くとお茶をコポコポと注ぎ始めた。いつもよりも熱い湯なのだろう、器からモクモクと白い湯気がたっている。
「燈花様、昨晩は寝られましたか?」
「えぇ、そう思うわ…」
私はもう一度大きく金木犀の香りを吸い込んだ後、熱いお茶に口をつけた。
「良かったです。山代王様はお見えになられるでしょうか?」
小彩は期待と不安が入り混じった表情で言った。
「そう思いたいけれど、昔と違って自由に出歩けないのでしょ?とにかく待ってみるわ」
彼を信じていないわけではないが、昔とは立場が違う事も重々に理解していたし、例え今日会えなくても焦る必要はないと思った。十三年間の適当な理由を考える必要もあるし、空白の時間はゆっくりと埋めていけばいい…。
「やはり、燈花様と王様は運命の糸で結ばれていらっしゃるのですね。昨日の王様は昔の王様と同様、変わらず燈花様を愛おしげに見つめておいででした」
小彩はしんみりと呟いた後、少し頬を赤らめた。私はそうね、とだけ言い再び熱いお茶を口に含んだ。まさかもう彼の前から突如消えることはないとは思うが、ぬか喜びしたくなかったしここから始まる未来が中宮の意図している事のような気がして胸が騒めいた。
山代王邸にて
「冬韻、今から橘宮に行ってくる」
山代王は出かける支度を終えると戸口の横に座る冬韻に向け言った。
「王様お待ちください!」
冬韻はすっと立ち上がると王の前に立ち両手を大きく広げた。そして静かに床に膝をつくと山代王を見上げ言った。
「王様、僭越ながら申し上げます。今行ってはなりません。朝廷が不安定なこの状況で軽はずみな行動は慎むべきです。まずは正当な順序を踏み適切な時期を待つべきかと」
覚悟を決めたような強く低い声が意思の強さを表していた。
「正当な順序を踏み時期を待てだと?」
山代王が声を荒げ言った。
「王様、落ち着いて下さい」
「落ち着いてなどいられるか!十三年だぞ。あの者が突如居なくなり十三年も苦しんだのだぞ!」
山代王が怒鳴った。廊下で待つ侍女たちが顔色を変えて怯えるほどの大きな声だったが冬韻はすかさず冷静沈着な態度で言い返した。
「だからこそです!だからこそ、慎重に事をすすめ燈花様をお迎えすべきです。まずは正室である王妃様や白蘭様、他の側室の理解を得たあと大臣や大連の許可を取るべきです。そして今は何よりも混乱している朝廷を鎮め先導すべきです。今こそ朝廷での地位権力を盤石のものとするべきです。そのあと燈花様を後宮の側室として正式に娶れば良いのです。燈花様の為でもあります」
「……くっ…くそっ」
山代王は唇を噛みしめると腰に刺した剣を床に叩きつけた。
「私に妙案がございますので、代わりに橘宮に行って参ります」
「妙案?」
「はい、とりあえずこの件は私にお任せ下さい。王様は朝廷に出向き田村皇子様のご病状について把握された方がよろしいかと思います、まさに緊迫しているのです。あちこちの大臣や大連達が祈願祭にて功を上げようと陰で躍起になっております」
山代王は少し沈黙しため息をついた後、投げ捨てた剣を床から拾い上げ言った。
「…仕方あるまい。ひとまず燈花の件はそなたに任せる」
「はっ」
冬韻は一礼したあと足早に部屋を出た。
朝だというのに部屋の中は薄暗い。今日の天気は曇りだとわかり少しだけ気が沈んだ。それにしても何故こんなに早く朝が訪れるのだろう…。温かな明るい陽ざしの中で目覚めたかったと強く思いながらゆっくりと寝台から起き上がった。
今日、山代王は来るだろうか…何から話せばいいのだろう…いっそのこと真実を打ち明けてしまおうか?…もちろん彼に再会出来きてとても嬉しいが、今後の展開の不安がどうしても頭に付きまとう。考えすぎだろうか?…。朝から拉致の明かない思考を巡らせたあと深いため息をつき再び目を閉じた。
トントン、トントン
「燈花様起きられましたか?」
「えぇ…」
私が力なく答えると、小彩がカチャカチャと音をたて部屋の中へと入ってきた。同時に桂花茶の甘い香りが部屋中にたちこめた。小彩は茶器を寝台の横にある台の上に置くとお茶をコポコポと注ぎ始めた。いつもよりも熱い湯なのだろう、器からモクモクと白い湯気がたっている。
「燈花様、昨晩は寝られましたか?」
「えぇ、そう思うわ…」
私はもう一度大きく金木犀の香りを吸い込んだ後、熱いお茶に口をつけた。
「良かったです。山代王様はお見えになられるでしょうか?」
小彩は期待と不安が入り混じった表情で言った。
「そう思いたいけれど、昔と違って自由に出歩けないのでしょ?とにかく待ってみるわ」
彼を信じていないわけではないが、昔とは立場が違う事も重々に理解していたし、例え今日会えなくても焦る必要はないと思った。十三年間の適当な理由を考える必要もあるし、空白の時間はゆっくりと埋めていけばいい…。
「やはり、燈花様と王様は運命の糸で結ばれていらっしゃるのですね。昨日の王様は昔の王様と同様、変わらず燈花様を愛おしげに見つめておいででした」
小彩はしんみりと呟いた後、少し頬を赤らめた。私はそうね、とだけ言い再び熱いお茶を口に含んだ。まさかもう彼の前から突如消えることはないとは思うが、ぬか喜びしたくなかったしここから始まる未来が中宮の意図している事のような気がして胸が騒めいた。
山代王邸にて
「冬韻、今から橘宮に行ってくる」
山代王は出かける支度を終えると戸口の横に座る冬韻に向け言った。
「王様お待ちください!」
冬韻はすっと立ち上がると王の前に立ち両手を大きく広げた。そして静かに床に膝をつくと山代王を見上げ言った。
「王様、僭越ながら申し上げます。今行ってはなりません。朝廷が不安定なこの状況で軽はずみな行動は慎むべきです。まずは正当な順序を踏み適切な時期を待つべきかと」
覚悟を決めたような強く低い声が意思の強さを表していた。
「正当な順序を踏み時期を待てだと?」
山代王が声を荒げ言った。
「王様、落ち着いて下さい」
「落ち着いてなどいられるか!十三年だぞ。あの者が突如居なくなり十三年も苦しんだのだぞ!」
山代王が怒鳴った。廊下で待つ侍女たちが顔色を変えて怯えるほどの大きな声だったが冬韻はすかさず冷静沈着な態度で言い返した。
「だからこそです!だからこそ、慎重に事をすすめ燈花様をお迎えすべきです。まずは正室である王妃様や白蘭様、他の側室の理解を得たあと大臣や大連の許可を取るべきです。そして今は何よりも混乱している朝廷を鎮め先導すべきです。今こそ朝廷での地位権力を盤石のものとするべきです。そのあと燈花様を後宮の側室として正式に娶れば良いのです。燈花様の為でもあります」
「……くっ…くそっ」
山代王は唇を噛みしめると腰に刺した剣を床に叩きつけた。
「私に妙案がございますので、代わりに橘宮に行って参ります」
「妙案?」
「はい、とりあえずこの件は私にお任せ下さい。王様は朝廷に出向き田村皇子様のご病状について把握された方がよろしいかと思います、まさに緊迫しているのです。あちこちの大臣や大連達が祈願祭にて功を上げようと陰で躍起になっております」
山代王は少し沈黙しため息をついた後、投げ捨てた剣を床から拾い上げ言った。
「…仕方あるまい。ひとまず燈花の件はそなたに任せる」
「はっ」
冬韻は一礼したあと足早に部屋を出た。