千燈花〜ETERNAL LOVE〜
 冬韻(とういん)が帰るとすぐに小彩(こさ)が隣にやってきて不安げに私を見た。私は力無く微笑んだ後、彼女を東屋の石へと座らせた。冬韻(とういん)と話した内容を伝えると、彼女も同感だというように大きく頷き寂しげに微笑んだ。

 「とりあえず朝廷の薬草庫でしばらく働くわ。冬韻(とういん)様が言うように、たまにでも堂々と王様にお会いできるのならそれだけで十分よ」

 今持っているポジティブ思考を全力で使い自分に言い聞かせた。


 「確かに今の山代王様が理由なくこの宮に来るのは難しいと思います…でもお二人の運命がまた動き始めたのですから」

 小彩(こさ)が少し気落ちしている私を励ますように言った。


 ポツポツ、ポツポツという音と共にどんよりした暗い雲から雨が降り出した。

 「大変!薪を小屋の外に積み上げたままなのです!」

 小彩(こさ)はそう叫び立ち上がると、裏山の奥にある小屋に向かって一目散に駆け出した。

 あたりはみるみる暗くなり、ガラガラピシャンと大きな轟くような音と共にいくつもの青光りする稲妻が雲の中に見えた。まるで私の心の中を映し出しているようだ。肩にかけていた領布(ひれ)を頭からすっぽりとかぶった。

 ふと視界の中に動くものが入り目を凝らした。都へと続く道に馬を走らせる男の後ろ姿が見える。馬に乗る後ろ姿が林臣(りんしん)に似ている。夏の早朝に蓮を見に行って以来彼を見ていない。こんな嵐の中どこに行くのだろうと一瞬疑問に思ったが、激しい大粒の雨が視界を遮ったので急いで部屋へと戻った。
 


 この雨は予想以上に長く続いた。今日数日ぶりに顔を出した太陽は秋とは思えないほど眩しく煌めいている。ラッキーなことに今日が薬草庫での勤務初日だ。雨上がりの高く青い秋空が清々しい。天気一つでこうも気分が変わるとは…しばらく晴れが続いて欲しいと心から願った。

 朝早くから出勤する必要はなかったが、山代王に会えるかもしれないと思うと、たとえ時間を持て余したとしても早く薬草庫に向かいたかった。

 「おはようございます燈花(とうか)様、いよいよ本日より朝廷でのお仕事が始まるのですね」

 小彩(こさ)が言った。今日の太陽のように明るい笑顔と弾んだ声だ。

 「えぇ、でも緊張するわ」

 「大丈夫ですよ、燈花(とうか)様は器用で博識でございますので、すぐに新しい仕事も慣れますよ」

 「ありがとう、そうだと良いのだけど…あれ?朝廷の薬草庫ってどこだったかしら?」

 私は急に我に返り即座に小彩(こさ)を見た。やってしまった…肝心要の薬草庫の場所の確認をすっかり忘れていた。

 小彩(こさ)は落ちていた枝を拾い上げると地面に描き始めた。

 「飛鳥川沿いを下り苑池を通り過ぎると、槻木(つきのき)の広場に出ますよね?広場の西側に何棟か茅葺小屋があるのですが…」


 そうだ…思い出した。山代王から乗馬を習った広場だ…。胸が一気に熱くなった。

 「大丈夫、わかるわ。よくあの広場で乗馬の練習をしたから…」

 「そうでございましたね!」

 小彩(こさ)がパチンと思い出したように手を叩いた。

 山代王から初めて乗馬を手ほどきされた日の事が鮮明によみがえった。あの日、黒光りする美しい毛並みの駿馬を自慢気に見せてくれたのだ。あの時の彼の誇らしげな顔といったらない。まだまだあどけなかった少年のような笑い顔を思い出していた。
< 104 / 125 >

この作品をシェア

pagetop