千燈花〜ETERNAL LOVE〜
目の前に広がる槻木の広場はがらんとしていて、下級官吏らしき者達がぱらぱらと集まり立ち話をしているだけだった。初出勤の緊張が解けたのかお腹がぐぅっと鳴った。小彩から渡された梨を思い出し袋から取り出すと、柳の木の下に腰を下ろした。
山代王は今日は朝廷には来ていないのだろうか…美しくそびえ立つ五重塔を眺めながら小さな梨をかじった。
そう簡単に彼に会えるはずがないと頭では分かっていてもどこか期待していた自分がいたのだろう…思いの外落ち込んでいる。手を胸に当てそっと目を閉じた。
温かな日差しの中で爽やかな秋風が天香具山の方から吹いてきた。遠くにコスモスの花が風に揺れているのが見える。近くに誰も居ない事を確認してゴロンと草の上に寝転がった。
秋の空はどこまでも高い。青空に浮かぶ鱗雲を見ているうちにいつのまにかウトウトと眠ってしまった。
「燈花起きなさい。こんな所で寝てはいけないよ」
優しくて懐かしい声だ…。
「燈花」
…この声って現実だろうか…
ぱっと目を開けると目の前に優しく微笑む山代王の顔が見えた。
「きゃっ!」
思わず大きな声で叫んだ。山代王は片手で口を押えクスクスと笑っている。恥ずかしさで顔が熱くなっていくのが自分でもわかった。よりにもよって寝顔なんて見られたくなかった…。
私は勢いよく立ち上がると真っ赤な顔を隠したくて深々と頭を下げた。
「まだ、そなたがいてくれて良かった。午後一番にここに来るつもりだったが、思いのほか朝議が長引いてしまい、遅くなってしまったのだ。もう帰ってしまったと思っていたからそなたに会えて実に嬉しい」
「山代王様…」
「まだ薬草庫に玖麻はいるか?少しあそこでそなたと話しがしたい、かまわぬか?」
山代王が一番大きな小屋を指差した。中に玖麻がいるかどうかはわからなかったが、少しでも山代王を引き留めたくて頷いた。
「冬韻少し薬草庫に立ち寄るゆえあとで馬車を小屋の前によこしなさい」
「はっ」
山代王の少し後ろで見守っていた冬韻が答えた。小屋の中に人の気配はなく静まり返っている。私達は周りに人が居ない事を確認して小屋の中へと入った。
「久しぶりだな」
「はい…」
山代王の真っ直ぐに私を見つめる視線が妙に恥ずかしくて顔をそらした。十三年前は彼の方が年下だったからどこか弟のような気もしていて気さくに接する事が出来たけれど、今の彼は見た目も実年齢も私より歳上の大人の男性だ。威厳と自信に満ち溢れた姿は誇らしいし頼もしいが、どことなく遠い存在になってしまったような気もしていた。
「改めてそなたと話すことができて嬉しい。まさかこんな日は来るとは夢にも思わなかった…この十三年間は辛い日々だった…」
そう言うと、山代王様は視線を床に落とした。
「正直そなたへの思いは完全に断ち切ったと思っていた。しかし深田池で再会し、そなたへの想いがまだあると改めて気づいたのだ」
「山代王様…」
私は両手をぎゅっと握りしめた。
「…燈花、そなたが去った理由はもう気にしない。今後は離れていた十三年間の溝をゆっくりと埋めていきたい。良いか?」
私がうなずくと山代王は優しく私を抱きしめた。気のせいだろうか茅渟王がつけていた沈香の香りを感じた。確かに今の彼は茅渟王の生き写しのように容姿から話し方までそっくりだ。茅渟王の事はまた順を追って聞けば良い…今はただただ、この温かな胸の中に抱きしめられていたい…。
二人だけの穏やかな時間がしばらく流れた。
山代王は今日は朝廷には来ていないのだろうか…美しくそびえ立つ五重塔を眺めながら小さな梨をかじった。
そう簡単に彼に会えるはずがないと頭では分かっていてもどこか期待していた自分がいたのだろう…思いの外落ち込んでいる。手を胸に当てそっと目を閉じた。
温かな日差しの中で爽やかな秋風が天香具山の方から吹いてきた。遠くにコスモスの花が風に揺れているのが見える。近くに誰も居ない事を確認してゴロンと草の上に寝転がった。
秋の空はどこまでも高い。青空に浮かぶ鱗雲を見ているうちにいつのまにかウトウトと眠ってしまった。
「燈花起きなさい。こんな所で寝てはいけないよ」
優しくて懐かしい声だ…。
「燈花」
…この声って現実だろうか…
ぱっと目を開けると目の前に優しく微笑む山代王の顔が見えた。
「きゃっ!」
思わず大きな声で叫んだ。山代王は片手で口を押えクスクスと笑っている。恥ずかしさで顔が熱くなっていくのが自分でもわかった。よりにもよって寝顔なんて見られたくなかった…。
私は勢いよく立ち上がると真っ赤な顔を隠したくて深々と頭を下げた。
「まだ、そなたがいてくれて良かった。午後一番にここに来るつもりだったが、思いのほか朝議が長引いてしまい、遅くなってしまったのだ。もう帰ってしまったと思っていたからそなたに会えて実に嬉しい」
「山代王様…」
「まだ薬草庫に玖麻はいるか?少しあそこでそなたと話しがしたい、かまわぬか?」
山代王が一番大きな小屋を指差した。中に玖麻がいるかどうかはわからなかったが、少しでも山代王を引き留めたくて頷いた。
「冬韻少し薬草庫に立ち寄るゆえあとで馬車を小屋の前によこしなさい」
「はっ」
山代王の少し後ろで見守っていた冬韻が答えた。小屋の中に人の気配はなく静まり返っている。私達は周りに人が居ない事を確認して小屋の中へと入った。
「久しぶりだな」
「はい…」
山代王の真っ直ぐに私を見つめる視線が妙に恥ずかしくて顔をそらした。十三年前は彼の方が年下だったからどこか弟のような気もしていて気さくに接する事が出来たけれど、今の彼は見た目も実年齢も私より歳上の大人の男性だ。威厳と自信に満ち溢れた姿は誇らしいし頼もしいが、どことなく遠い存在になってしまったような気もしていた。
「改めてそなたと話すことができて嬉しい。まさかこんな日は来るとは夢にも思わなかった…この十三年間は辛い日々だった…」
そう言うと、山代王様は視線を床に落とした。
「正直そなたへの思いは完全に断ち切ったと思っていた。しかし深田池で再会し、そなたへの想いがまだあると改めて気づいたのだ」
「山代王様…」
私は両手をぎゅっと握りしめた。
「…燈花、そなたが去った理由はもう気にしない。今後は離れていた十三年間の溝をゆっくりと埋めていきたい。良いか?」
私がうなずくと山代王は優しく私を抱きしめた。気のせいだろうか茅渟王がつけていた沈香の香りを感じた。確かに今の彼は茅渟王の生き写しのように容姿から話し方までそっくりだ。茅渟王の事はまた順を追って聞けば良い…今はただただ、この温かな胸の中に抱きしめられていたい…。
二人だけの穏やかな時間がしばらく流れた。