千燈花〜ETERNAL LOVE〜
春の訪れ、その先へ
その年の冬はいつになく寒く、都は白く深い雪に覆われていた。新年の祝い事や宴もなく朝廷を行きかう人もまばらで都はいつまでたってもひっそりと静まり返っていた。人々はじっと身を潜め春の到来を待っているようだ。
ポタポタ、ポタッポタッ…
軒下から雫の落ちる音が響いている。宮の敷地内を流れる小川も奥飛鳥の山々からの雪解け水で溢れていた。
「燈花様、燈花様起きておいでですか?」
朝から小彩の甲高い声が聞こえてきた。
「ええ、今行くわ」
戸を開けると、朝の陽ざしの中に嬉しそうに小彩が立っている。
「西側の庭に来てください。紅梅が咲いたのです。春が来ましたよ燈花様!」
早く、早くと急かす彼女に連れられ宮の西側にある庭に行ってみると、明るく紅色をした紅梅が満開だった。小さな葉や枝に着いた夜露が淡い陽ざしを受けキラキラと輝いている。まだ少し雪が残るセピアカラーの世界の中で、その明るい紅色の花びらは一層美しさを増していた。
「いつのまに…」
「そうなのです、私も久ぶりにこの庭に来たので驚きました」
すぐ近くに植えてある蝋梅の蕾も大きく膨らんでいる。
「燈花様、ついに春の訪れですね」
「そうね」
冬の始まりから雪が降る日が多く、ここ最近は薬草庫での仕事はほとんどなかった。橘宮にいても特に何もすることがないので、部屋の戸口ではらはらと降りゆく雪をただぼーっと眺めていた。
山代王は雪解けと共に会いに来てくれるだろうか…今度こそ交わした約束が叶うだろうか…。
ふと、そんな期待が花の蕾と共に膨らんだ。梅の微かな香りを含んだ冷たい空気を胸いっぱい吸い込み、目を閉じた。
ホーホケキョ、ケキョケキョ…
うぐいすの可愛らしい鳴き声があちこちで聞こえる。すっかり寒さは遠のき日ごとに道端の緑が芽吹きだした。薬草庫での仕事も始まり、飛鳥川沿いに生える春の野草も多く見るようになった。
温かな陽気の中、色とりどりの花が咲き乱れ、まるでカラフルなキャンバスの中にいるようで心が躍った。
仕事の帰りに飛鳥川沿いの土手で野草を摘むことが毎日の日課になっていた。そろそろ菜の花が土手一杯に咲き始める頃だ。菜の花は花が咲く前に摘むと花先から茎まで柔らかく美味しく食べることが出来る。私は、少しだけ黄色の蕾を付けた菜の花のタイミングを見て、宮の蔵から大きな籠を持ち出し意気揚々と摘みに向かった。
ポタポタ、ポタッポタッ…
軒下から雫の落ちる音が響いている。宮の敷地内を流れる小川も奥飛鳥の山々からの雪解け水で溢れていた。
「燈花様、燈花様起きておいでですか?」
朝から小彩の甲高い声が聞こえてきた。
「ええ、今行くわ」
戸を開けると、朝の陽ざしの中に嬉しそうに小彩が立っている。
「西側の庭に来てください。紅梅が咲いたのです。春が来ましたよ燈花様!」
早く、早くと急かす彼女に連れられ宮の西側にある庭に行ってみると、明るく紅色をした紅梅が満開だった。小さな葉や枝に着いた夜露が淡い陽ざしを受けキラキラと輝いている。まだ少し雪が残るセピアカラーの世界の中で、その明るい紅色の花びらは一層美しさを増していた。
「いつのまに…」
「そうなのです、私も久ぶりにこの庭に来たので驚きました」
すぐ近くに植えてある蝋梅の蕾も大きく膨らんでいる。
「燈花様、ついに春の訪れですね」
「そうね」
冬の始まりから雪が降る日が多く、ここ最近は薬草庫での仕事はほとんどなかった。橘宮にいても特に何もすることがないので、部屋の戸口ではらはらと降りゆく雪をただぼーっと眺めていた。
山代王は雪解けと共に会いに来てくれるだろうか…今度こそ交わした約束が叶うだろうか…。
ふと、そんな期待が花の蕾と共に膨らんだ。梅の微かな香りを含んだ冷たい空気を胸いっぱい吸い込み、目を閉じた。
ホーホケキョ、ケキョケキョ…
うぐいすの可愛らしい鳴き声があちこちで聞こえる。すっかり寒さは遠のき日ごとに道端の緑が芽吹きだした。薬草庫での仕事も始まり、飛鳥川沿いに生える春の野草も多く見るようになった。
温かな陽気の中、色とりどりの花が咲き乱れ、まるでカラフルなキャンバスの中にいるようで心が躍った。
仕事の帰りに飛鳥川沿いの土手で野草を摘むことが毎日の日課になっていた。そろそろ菜の花が土手一杯に咲き始める頃だ。菜の花は花が咲く前に摘むと花先から茎まで柔らかく美味しく食べることが出来る。私は、少しだけ黄色の蕾を付けた菜の花のタイミングを見て、宮の蔵から大きな籠を持ち出し意気揚々と摘みに向かった。