千燈花〜ETERNAL LOVE〜
旬の食材はとにかく美味しく文句のつけようがない。春になり日が伸びたものの、摘むのに夢中で夕暮れになるまで気が付かなかった。欲を出したつもりはないが、予想以上に籠は重くずっしりとしていて肩に紐が食い込んだ。
重い籠を背負いヨロヨロと帰りの道を歩いていると背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。この狭い土手道を通る人はめったに居ないのだが音が近づいてくるので道の端に寄った。途端に足元がよろけバランスを崩し前方につんのめった。このままだと土手下まで転がり落ちる、そう思った瞬間、誰かが後ろから籠をひっぱった。なんとか私の体はバランスを取り戻しおかげで転倒することなく、大惨事を免れた。
顔を上げて見ると、林臣が馬にまたがったまま片手で籠を必死に支えている。
「り、林臣様⁉︎」
大声で叫んだ。林臣は態勢を立て直し馬から降りるとすごい剣幕で怒鳴り始めた。
「そなたは何故いつもそうなのだ!!何故もっと注意深くいられぬのだ!いつ見ても目が離せぬ、こっちはとばっちりもいいとこだ!!」
今日の林臣は珍しく感情をむき出しご立腹の様子だ。でも、なぜだろう…そんな彼を前にしても不思議と以前のように怖くない。私が素直に謝った事に不意を突かれたのか林臣はフンっと言ってそっぽを向いた。
自分がドジだと今まで思った事はないが、慎重な人間だとも言えない。彼の言うとおりかもしれないと思うと恥ずかしさで顔が熱くなった。この時代に大怪我でもしたら命取りだと誰よりも知っているはずなのに…。
「…そんなに大量の菜の花をかついで商売でも始める気か?」
相変わらず意地の悪い言葉ではあったが助けてもらった手前、今日は大人しくしていようと思った。
「い、いえ、今晩湯がいて屋敷の皆と食べようかと…今が旬なので…」
「まったく、欲深い奴だ…」
林臣はそう言い顔を横に振ると私の籠を取り上げ背中に担いだ。そのまま馬にひょいっと乗ると、上から私の腕をつかみ引っ張り上げ自分の前に座らせた。
一瞬の出来事に声を上げる間などなかった。私が驚いた顔をして見ると、
「じき日が沈む、春の底冷えは後に体に障る。嶋宮に行く途中だからついでに乗せていく」
林臣の手が後ろからまわり手綱をつかんだ。馬はパカパカとゆっくりと歩き出した。
とても気まずい。会話もないし、私はチラチラと彼の顔を見上げたがピクリとも反応しない。気まずさを感じているのは私だけのようだ。
それにしてもこれまでに彼にいくつもの借りを作っているようで気が重い…。とにかくこの気まずい雰囲気を変えたくて、薬草庫で見つけた生薬の事を思い切って聞いてみた。
「林臣様、去年の今頃、嶋宮の屋敷にある桃林で私が大怪我したのを覚えていらっしゃいますか?」
「…当然だ。酔いつぶれたそなたを誰が屋敷まで運んでいったと思うのだ」
「あっ…はい。あの時、私に塗薬を届けてくださったのは…林臣様でございますか?」
「…なんの話か分からぬが、迷惑をかけられた上にそなたに薬まで届けるお人よしに見えるか?」
「あっ…いえ…」
私はそう言うと、これ以上聞くのを止めた。まぁ…そうね、とは思ったものの何となく彼がひた隠す不器用な優しさを心のどこかで確信したかった。
パカッパカッ、パカッパカッ。
馬の蹄の音だけがさっきから鳴り響いている。馬が東門の前で静かに止まると、門番の漢人が慌てて駆け付け馬から降ろしてくれた。
「林臣様、助けて下さりありがとうございます」
私が籠を受け取り門をくぐろうとした時、林臣が背後から言った。
「明後日、高取山の麓に弓を射に行く、あそこは野草も多く山菜も採れる。一緒についてまいれ」
「えっ?」
私はクルッと振り返り、すかさず彼を見た。
「では、明後日猪手を朝迎えによこすゆえ準備しておけ。ハッッ」
彼は何事も無かったかの様に馬の手綱をひくと、私の返事を待たずに去って行った。
重い籠を背負いヨロヨロと帰りの道を歩いていると背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。この狭い土手道を通る人はめったに居ないのだが音が近づいてくるので道の端に寄った。途端に足元がよろけバランスを崩し前方につんのめった。このままだと土手下まで転がり落ちる、そう思った瞬間、誰かが後ろから籠をひっぱった。なんとか私の体はバランスを取り戻しおかげで転倒することなく、大惨事を免れた。
顔を上げて見ると、林臣が馬にまたがったまま片手で籠を必死に支えている。
「り、林臣様⁉︎」
大声で叫んだ。林臣は態勢を立て直し馬から降りるとすごい剣幕で怒鳴り始めた。
「そなたは何故いつもそうなのだ!!何故もっと注意深くいられぬのだ!いつ見ても目が離せぬ、こっちはとばっちりもいいとこだ!!」
今日の林臣は珍しく感情をむき出しご立腹の様子だ。でも、なぜだろう…そんな彼を前にしても不思議と以前のように怖くない。私が素直に謝った事に不意を突かれたのか林臣はフンっと言ってそっぽを向いた。
自分がドジだと今まで思った事はないが、慎重な人間だとも言えない。彼の言うとおりかもしれないと思うと恥ずかしさで顔が熱くなった。この時代に大怪我でもしたら命取りだと誰よりも知っているはずなのに…。
「…そんなに大量の菜の花をかついで商売でも始める気か?」
相変わらず意地の悪い言葉ではあったが助けてもらった手前、今日は大人しくしていようと思った。
「い、いえ、今晩湯がいて屋敷の皆と食べようかと…今が旬なので…」
「まったく、欲深い奴だ…」
林臣はそう言い顔を横に振ると私の籠を取り上げ背中に担いだ。そのまま馬にひょいっと乗ると、上から私の腕をつかみ引っ張り上げ自分の前に座らせた。
一瞬の出来事に声を上げる間などなかった。私が驚いた顔をして見ると、
「じき日が沈む、春の底冷えは後に体に障る。嶋宮に行く途中だからついでに乗せていく」
林臣の手が後ろからまわり手綱をつかんだ。馬はパカパカとゆっくりと歩き出した。
とても気まずい。会話もないし、私はチラチラと彼の顔を見上げたがピクリとも反応しない。気まずさを感じているのは私だけのようだ。
それにしてもこれまでに彼にいくつもの借りを作っているようで気が重い…。とにかくこの気まずい雰囲気を変えたくて、薬草庫で見つけた生薬の事を思い切って聞いてみた。
「林臣様、去年の今頃、嶋宮の屋敷にある桃林で私が大怪我したのを覚えていらっしゃいますか?」
「…当然だ。酔いつぶれたそなたを誰が屋敷まで運んでいったと思うのだ」
「あっ…はい。あの時、私に塗薬を届けてくださったのは…林臣様でございますか?」
「…なんの話か分からぬが、迷惑をかけられた上にそなたに薬まで届けるお人よしに見えるか?」
「あっ…いえ…」
私はそう言うと、これ以上聞くのを止めた。まぁ…そうね、とは思ったものの何となく彼がひた隠す不器用な優しさを心のどこかで確信したかった。
パカッパカッ、パカッパカッ。
馬の蹄の音だけがさっきから鳴り響いている。馬が東門の前で静かに止まると、門番の漢人が慌てて駆け付け馬から降ろしてくれた。
「林臣様、助けて下さりありがとうございます」
私が籠を受け取り門をくぐろうとした時、林臣が背後から言った。
「明後日、高取山の麓に弓を射に行く、あそこは野草も多く山菜も採れる。一緒についてまいれ」
「えっ?」
私はクルッと振り返り、すかさず彼を見た。
「では、明後日猪手を朝迎えによこすゆえ準備しておけ。ハッッ」
彼は何事も無かったかの様に馬の手綱をひくと、私の返事を待たずに去って行った。