千燈花〜ETERNAL LOVE〜
小墾田宮にて
チュンチュン、チュンチュン、ホーホケキョ、ホーホケキョ
外から聞き慣れた鳥のさえずりが聞こえる。
もう朝…
ゆっくりと目を開いた。昨日と変わらない暗い茅葺きの天井を眺め、これは夢ではないのだと確信し再び瞼を閉じた。
これからどうなってしまうんだろう…もう、もとの世界には戻れないのだろうか…
時計はないし今が何時なのか想像がつかない。日の光と鳥の鳴き声から察するに、まだ朝のうちだろう。往生際悪くいまだ夢であって欲しいという希望を抱きながら、祈る想いでそっと戸口を開けてみた。
何も変わらない。目の前には五重塔が空高くそびえ立ち、隣には大きく育ったイチョウの木が生えている。私は深いため息をつき、どこへ向かうでもなくただ宮の敷地内をぶらぶら歩き始めた。
橘宮だったわね、随分広いお屋敷だわ…あの五重塔も立派…この時代ですでに高度な建築技術は存在していたのね…
まだ夢心地のまま辺りを見渡した。おそらくこの宮の中庭なのだろう、庭の隅には簡素な東屋が建ち中に木製の長椅子のようなものが見えた。
東屋に向かい歩き始めるとすぐに左側の景色が一気に開け、朱色に輝く飛鳥の都が眼下に広がった。
なんて美しいんだろう…これが飛鳥の都…
東屋の中の長椅子に腰掛け、そのままボーっと朝の光に包まれた都を眺めていた。しばらくすると、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってきた。振り返って確認すると裏山の森の横にもくもくと白い煙が上がってる。
なんの匂いかしら?…
とたんにお腹はグーグー鳴り始め、昨日から何も口にしていないことに気が付いた。
あーお腹が空いた…
「燈花さま~」
後ろを振り返ると、小彩が布に包まれた物を両手に抱えこちらにやってくる。
「おはようございます燈花様。昨晩は良く寝られましたか?」
「ありがとう。床が固かったのか体中痛いけど、疲れていたからぐっすりだったわ」
「良かった。安心しました~お腹空いてませんか?昨日は何も召し上がっていませんよね?今、裏の厨房で栗を蒸かしてきたんです、丁度出来上がったので一緒に食べましょう」
小彩は隣にちょこんと座ると持っていた包を慎重に開け始めた。まだ湯気が出ている。布の中に蒸したアツアツの栗が見えた。現代の栗のよりもだいぶ小く感じたが、食べられれるのであればサイズなどどうでも良かった。
朝食なのか昼食なのかどちらかはわからないが、二人で熱々の栗をかじった。味けなく、ボソボソとしていたが空腹のお腹を満たすには十分だった。
「あぁ、美味しかったわ。ありがとう。お腹いっぱいよ」
お腹をさすりながら、小彩を見ると一瞬驚いた顔をした後、クスクスと笑って私を見た。
「燈花様は、本当に面白いお方ですね。高貴な身分であらされるのに、なんというか、とても親しみやすいです。中宮様が大切に思われるのがわかった気がします」
小彩はそう言うと、うつむいた。
「そういえば中宮様の具合はどうなったのか しら?心配ね…」
「そうですね…今日、市に買い物に出ますので、小墾田宮に寄って様子を聞いて参ります」
小彩が包の布をたたみなが答えた。
「小墾田宮⁈昨日行ったあの場所がそうなの⁉︎」
思わず大声で叫んでしまった。
「は、はい。中宮様の宮殿です」
小彩が目を丸くパチパチさせながら答えた。
あそこが小墾田宮…
「い、市なら私も一緒に行くわ!飛鳥の都は初めてだし、見物もしてみたいし、何より中宮様のお身体が心配だし、お願い!」
私は胸の前で両手を合わせた。
「困りましたねぇ、燈花様は中宮様の大切なご親族の方ですし、市で揉め事にでも巻き込まれたら一大事です。そもそも市は一般庶民が集まる場なので高貴な方々は滅多に行きません。それにその衣では目立ってしまうし…」
小彩はう~んと困った様子で立ち上がると私をまじまじと見て腕を組んだ。
「でも私は高貴な身分でもないし、目立たないように、小彩と同じ侍女の衣をまとうから、お願い!」
私も負けじと懇願した。
「ハァ、、燈花様は頑固なお方ですね…わかりました。では衣を調達してきますので、お部屋でお待ちいただけますか?」
「ありがとう、助かるわ」
急いで残りの栗をたいらげ市に行く準備にとりかかった。部屋に戻るとすぐに別の侍女が衣を届けにきた。衣は小彩などが羽織っているものと同じ素材で、茜で薄く染められた緋色をしていて幼くなった私の顔にはとても合った。