千燈花〜ETERNAL LOVE〜
一枚の刺繍画
ガサガサ、ガサガサ。
「このあたりで、燈花らを見つけたのだ、きっと近くに落ちているはずだ」
「はい、承知しました」
ガサガサッ山代王と冬韻が草を掻き分け、髪飾りを探し始めた。雨はさっきよりも強く降っている。
「確か、紅瑪瑙と言っていたな」
しかし、くまなく探してもなかなか見つからない。雨もザーザーと激しく降りだし跳ね返る雫のせいで手元がよく見えない。更に白い霧が立ち込め寒くなってきていた。雨に濡れてかじかんだ手は当然上手く動かない。
「山代王様…これを見てください」
数メートル先にいた冬韻が振り返り叫んだ。
「見つかったか⁉︎」
「いえ、そうではないのですが…」
冬韻が困惑気味に答えた。冬韻が指差した先には大きなイノシシが横たわり死んでいた。
「なんと…」
「首に絞められた後と鋭利なもので切られたような跡がございます。何者かに殺されたのでしょうが、牙にも血がついているのをみると、恐らく相手にも噛みついたのでしょう」
「うむ…きっと燈花と小彩を襲ったイノシシであろう…」
(まさか燈花あの傷は噛まれたものか?)
「山代王様このように激しい雨の中では探せません。霧も出てきましたし、天候の回復を待たれては?」
「…そのほうがよさそうだな」
二人は土砂降りの雨の中、なんとか馬まで戻ると再び橘宮に向かい馬を走らせた。
「誰かいるか!!」
ドンドン、ドンドンドン
「はい!今参ります」
小彩が急いでやってきて門を開けた。
「あっ、山代王様!びしょ濡れではありませんか!どうぞ屋敷の中にお入り下さい。今、燈花様を呼んでまいりますので」
「良いのだ、無理をさせてはならぬ、部屋で休ませてやりなさい」
「えっ?は…はい…」
「ところで、燈花の足の傷はイノシシに噛まれたものか?」
心配そうに山代王が聞いた。
「いいえ、噛まれたのではありません。転んだ時に木の枝で傷つけてしまったようです。どうかされました?」
「そうか、いや、それならよいのだ。他に山に入った者はいなかったか?」
「はい、誰もおりません。どうかされたのですか?」
「いや、何でもない、それと燈花に伝えて欲しいのだ、今日髪飾りは見つからなかったのだが、天候の回復を待ち改めて探しに行くので、安心して欲しいと」
「はい、そのようにお伝えいたします」
「小彩、頼んだぞ、あと傷が治ったら、馬に乗ろうと必ず伝えてくれ」
「はい、承知しました、でも山代王さませめて乾いた衣にお着替えだけでも、、」
「不要だ」
山代王は少しだけ笑うと、さっと馬に乗り冬韻と共に去っていった。
「お風邪をひかれませんように」
小彩はその後ろ姿を見送りながら、小さくつぶやいたあと急いで私のもとへとやってきた。
トントン、トントン。
「燈花様、いらっしゃいますか?」
「ええ」
「中に入ってもかまいませんか?」
「もちろんよ」
小彩がガタガタと戸を開けて入ってきた。
「先ほど山代王様が北山からお戻りになられ言付けを頼まれました」
「山代王様がお見えになったの?」
「はい、でももう帰られました。傷を負っている燈花様を呼ぶなと仰せでしたので…」
気まずそうに小彩は言ってうつむいた。
「そう…」
「燈花様の髪飾りですが、本日は見つからなかったようです、また後日天候の回復を待って探しに行くので安心して欲しいと、仰っておいででした」
「え⁉︎まさかこんな時間まで探して下さっていたの?外はどしゃ降りの雨でしょう?風邪でもひいたら大変だわ…」
「私もせめてお召し物だけでもお着替えになって下さいと、申し上げたのですが、聞かずに帰られました」
「そう…」
山代王様には迷惑をかけてばかりだわ、大切な髪飾りではあるけれどあの石一つの為にまた山代王様に苦労をかけてしまった…
「燈花様、まずは足の傷を早く治しましょう、山代王様も大変ご心配されていました。あと、足の傷が良くなったら馬に乗ろうとも仰っておいででした」
「はぁ…そうね、早く治さないとね」
私の事はともかく、山代王様が風邪をひかないと良いのだけれど…
そこから数日間雨は降り続いた。この時代一度雨が降ると他になにもやる事がない。部屋の中でじっと過ごし雨が止むのを待つしかなかった。そのかいあってか足の腫れも数日でだいぶひき、傷も良くなった。