千燈花〜ETERNAL LOVE〜
 行幸までの数日間は朝から夕方まで市に行ったり荷造りに追われたりとあっという間に過ぎていった。当日は、朝早くから王家からの馬車が迎えにきていた。吐く息は白く、馬車までの道、土の上を歩くとザクザクと霜柱がつぶされる音がした。

 「う~寒い、ハッ、ハクション!」

 「燈花(とうか)さま、大丈夫ですか?」

 小彩(こさ)が心配そうに言った。この冷たい空気、本格的な冬の到来で間違いない。

 「大丈夫よ、温かい羽織ものも持ったし葛根も持ったし、心配いらないわ」

 「そうですかぁ…でも無理なさらないで下さいね」

 「心配性ね、大丈夫よ」

 私たちは迎えの馬車に乗り込んだ。風は冷たく空はどんよりと灰色をしている。

  ゴトゴト、ゴトゴト馬車はゆっくりと走りはじめた。どれくらい経っただろうか?時々外の様子を確認したが、あっという間に飛鳥の都は遠ざかり見渡す限り田畑と連なる山々の景色に変わっていた。今までに体験したことがない位何時間も馬車に揺られているので、腰が痛くてたまらない。もう限界だと思い、馬夫に声をかけようとした時だ。前方が開け大きな建物が見えてきた。ついに目的地付近に到着したようだ。

 宮の前には門があり、その前でいくつもの馬車が長い列を作り入宮を待っている。遠くからでも何人もの使用人や侍女達が門の前に並び寒空の下、来客の迎えの挨拶をしているのがわかった。

 にしても、立派な宮だ。きっと大王の別宮であり湯治用の別邸なのかもしれない。

 馬車から顔を除かせあっけにとられてた時、後ろからパカッパカッと馬の蹄の音が聞こえ名前を呼ばれた。

 「燈花(とうか)か?」

 見るとと愛馬に乗った山代王だ。

 「山代王様!ここまで馬に乗って来られたのですか?」

 私は驚いて聞きいた。

 「やっと、そなたの馬車をみつけることが出来た」

 長旅にも関わらず元気そうだ。

 「この馬は本当に良い馬で全く疲れを感じぬ、お陰であっという間に行列に追い付いた」

  山代王は嬉しそうに言った。

  本当に普段は凛々しく大人びているのに、笑うとあどけない十代の少年だ。


 山代王が馬から降り近づいてきたので、私も小彩(こさ)も急いで馬車から降りた。

 「山代王様、この度はお招き頂き大変感謝しております」

 小彩(こさ)が嬉しそうに挨拶をした。

 「二人とも長旅で疲れたであろう、すぐに侍女に部屋まで案内させるゆえ、今日はゆっくり休みなさい。兄上と王妃様には明日挨拶に参ろう」

 「はい、承知いたしました」

 「あっ、そなた達空腹であろう?宮に到着次第すぐに食事を用意しよう」

 「ありがとうございます、お心遣いに感謝致します」

 私たちは感謝をしお辞儀をした。しばらくすると、馬の入場の列も減り、無事宮の中に入ることが出来た。入口で待っていた侍女に案内され部屋に入ると、私達はバタンと寝台に寝転んだ。

 「あ~腰が痛い…」

 「燈花(とうか)様~私もです」

 長い一日にへとへとだった。

 随分と遠くまで来たようだけれど、ここは宇陀のどこかなのだろうか…実は飛鳥に来てから、お湯に浸けた布を固く絞り体を拭くだけで、湯浴びはしていない。天然露天風呂があると聞いたら、今すぐにでもお湯につかり旅の疲れを取りたいと思った。

 「なんだか、体がベタベタと気持ち悪いわ…少しでも湯にあたれるといいのだけど…」

 私が思わずそう言うと、

 「そうですよね…ここ数日間は準備で慌ただしく、ろくに体を拭いてませんでしたね…今、侍女に確認してまいります」

 「悪いわね」

 「いいんですよ」

 小彩(こさ)はそう言うと、よいしょっと立ち上がり部屋から出ていった。しばらくして戻ると、

 「湯浴びが少し歩いた先で出来るそうです。でもその前に夕飯を運んでくださるみたいです、、ふぁぁ…」

 疲れているのだろう、大きなあくびをしながら言った。

 「そう、ありがとう」

 しばらくすると食事が運ばれてきた。珍しい山菜や川魚などのおかずが何種類かあったが、とにかく空腹だったので一目散に口に入れた。慌てて食べてしまったので味は良くわからなかったが薄味なことだけは覚えている。

 「ふぅ~お腹一杯」

 寝台に横たわると、疲労と睡魔で今にも瞼が閉じそうだったが、一日中馬車に乗っていた腰があまりにも痛いし、体はべたつき馬の糞の臭いがプ~ンと髪から漂っているのがなにせ耐えられない。

 「ねぇ小彩(こさ)少しだけでもお湯を浴びに行かない?」

 「……」

 返事はない。

 「小彩(こさ)…?」

 起き上がり隣を見ると、小彩(こさ)既に仰向けでぐーぐーと爆睡中だ。いくら年若い彼女でも慌ただしい準備の日々が続いた上に今日の長旅で疲れたのだろう。

 当然よね…仕方ないわね、一人でいこう…

 私は布団を小彩(こさ)にかけ静かに部屋を出た。
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