千燈花〜ETERNAL LOVE〜
午後になると、王妃付の侍女が部屋の前まで迎えに来てくれた。支度を整え侍女の後について歩いた。ずっと寝込んでいたので、この大王の別宮をしっかり散策するのは初めてだ。改めてこの宮の敷地の広さに驚いた。
冬の始まりのひんやりとした風が心地良い。しばらく歩くと広い中庭に出た。至るところに山茶花の木が植えられていて赤やピンクや白の可愛らしい花がまさに満開だった。他にも柿の木などがあり沢山の実をつけている。その中庭に面する所に小さな板葺の建物が見えた。建物の前には数名の舎人の姿もある。警護の者がいるのだからきっと王妃の屋敷なのだろうと予想がついた。
屋敷の前に到着すると、今度は玄関先で待っていた別の侍女に廊下に案内されそこで少し待った。小彩は興奮気味にキョロキョロと建物内を見回し落ち着きがない。廊下からは先ほど通り抜けた中庭が良く見えた。色とりどりの山茶花の花びらが風が吹くたびにパラパラと舞い、冬の空を彩っていた。
さすが、王妃の庭だけあり手入れが隅々まで行き届いていて、美しかった。
「王妃様が、いらっしゃいましたので、どうぞお部屋の中にお入り下さい」
侍女の声が響いた。
「はい」
緊張しながら部屋の中へと入り挨拶をした。部屋の中は花の良い香りで充満している。
「王妃様に拝謁いたします。この度は行幸にお招き頂き感謝いたします。橘宮より参りました燈花と申します、隣にいるのは侍女の小彩でございます」
「待っていたぞ、二人とも顔を上げなさい」
上品で軽やかな声だ。
「はい」
ゆっくり顔を上げると、穏やかで優しい笑みを浮かべた色白の美しい王妃が高座に座っている。淡紅色の衣を羽織っていて肩から胸の部分には金色と赤紫色の糸で山茶花の刺繍が施されている。
その色のグラデーションが見事で見入ってしまった。王妃の色白の肌にも良く映えている。髪も頭の上で綺麗に二つにまとめられていて、椿だろうか、、赤い花びらを何枚も重ねたような美しい花の髪飾りがさしてある。
「緊張せずに、楽にしなさい」
王妃が優しく言った。
「数ヶ月ほど前であったか、皇子が高熱を出した時にはそなたから貰った葛根が良く効き大変助かったと聞いた。遅くなったが礼を申すぞ、何か欲しいものはないか?」
「と、とんでもございません。卑しい身の私には身に余るお言葉でございます。先日負傷したときも大王さまより大変貴重な薬を頂きましたし、此度の行幸にもお招き頂き、大変感謝をしております。欲しいものはございません。王妃さまの優しいお心遣いだけで十分でございます」
「ハハハ、そなたは欲のない女子だと聞いたが誠にそうなのだな。大王さまが気に留めるわけだ。さぁ、今茶を入れるから、ゆっくり飲んで行きなさい」
「はい、感謝いたします」
不思議と王妃とは初対面にも関わらず、都の話やちまたで流行りものなど、リラックスして話が弾んだ。探し物をしに行かなければならないということは忘れていなかったが、王妃との時間がやけに心地よく、良い花の香りに誘われたのもあり、長居してしまった。
「王妃様、今日はお招き頂き誠にありがとうございました」
「私も話が出来て嬉しかったぞ、また来なさい」
「はい、では失礼いたします」
私たちは丁寧にお辞儀するとすぐ部屋へと帰った。
まだ、間に合う。もう一つの重要任務を終わらせないと…
「小彩、今から龍王ヶ湯に行ってくるわ、すぐに戻ってくるから!」
「もう日が暮れるというのに、今からですか⁉︎」
「大丈夫よ、場所はわかってるし、すぐに戻ってくるから」
「でも…」
小彩の返事を待たずに部屋を飛びだした。
「燈花様!」
背後から小彩の叫ぶ声が聞こえたが、どうしても今日中に解決したかったので振り返らずに無我夢中で走った。龍王ヶ湯に着いた時にはすっかり夕暮れ時で辺りの草木は橙色に染まっていた。人の気配もなく簡単に湯の側までたどり着くことができた。
確か、このあたりで大王さまがお倒れになって…この石の側に置いて…
記憶を辿りながら探し始めたもののどんなにくまなく探してもいっこうに見つからない。
ダメだ、、見つからない…
すっかり辺りは暗くなり、見上げた夜空には一番星がキラキラと輝きはじめている。
その時だった。ガサガサっと草むらから音が聞こえた。
誰か来た?獣?
思わず、怖くて地面に伏せてしまった。
「…探しているものはこれか?」
えっ・・・・
恐る恐る顔を上げると月の灯りに照らされた山代王が目の前に立っている。
「そなたが必死で探しているものはこれか?」
山代王はもう一度言うと手に持っていた指輪を私の目の前にかざした。
「や、山代王様…」
思わず涙が溢れ出た。安堵の気持ちが一気に込み上げ涙が止まらない。張り詰めた糸は完全に切れその場にしゃがみこんだ。
気がつけば大声で泣き出していた。山代王は私の突然の泣き姿に驚いたのか、おどおどと困った様子でいる。
「燈花よ泣くでない。泣かないでおくれ、脅かしてしまいすまなかった」
と言い、私を優しく抱きしめた。突然のことに驚いたが突き飛ばす余力など微塵も残っていなかった。むしろ山代王の温かいぬくもりに不思議と心が落ち着いた。大人になって久しく泣いていなかったので、なんだか逆に心地よかった。
「落ち着いたか?」
うん、と頷いた。
「これを探しに来たのであろう?」
そう言うと山代王は持っていた翡翠の指輪と手巾を渡してくれた。
「……」
何も答えられない…山代王の様子からしてきっと全てバレている。
「…ここで兄上を救った侍女は、そなただな?」
「…はい…」
「さようか…兄上はまだあの時の侍女をお探しになっている、むろん罰するわけではないのが…」
「どうか、黙っていて下さい」
「…私はそなたの一番の友だ、そなたの言う通りにするよ」
「感謝します」
「さぁ、もう真っ暗だ。寒いし帰ろう。部屋まで送らせておくれ」
山代王は優しく私の手を取ると月夜の中を歩き始めた。部屋に戻ると小彩は泣き腫らした私の顔を見て驚いたが、何も言わずに直ぐに厨房に行き温かい食事を運んできてくれた。
冬の始まりのひんやりとした風が心地良い。しばらく歩くと広い中庭に出た。至るところに山茶花の木が植えられていて赤やピンクや白の可愛らしい花がまさに満開だった。他にも柿の木などがあり沢山の実をつけている。その中庭に面する所に小さな板葺の建物が見えた。建物の前には数名の舎人の姿もある。警護の者がいるのだからきっと王妃の屋敷なのだろうと予想がついた。
屋敷の前に到着すると、今度は玄関先で待っていた別の侍女に廊下に案内されそこで少し待った。小彩は興奮気味にキョロキョロと建物内を見回し落ち着きがない。廊下からは先ほど通り抜けた中庭が良く見えた。色とりどりの山茶花の花びらが風が吹くたびにパラパラと舞い、冬の空を彩っていた。
さすが、王妃の庭だけあり手入れが隅々まで行き届いていて、美しかった。
「王妃様が、いらっしゃいましたので、どうぞお部屋の中にお入り下さい」
侍女の声が響いた。
「はい」
緊張しながら部屋の中へと入り挨拶をした。部屋の中は花の良い香りで充満している。
「王妃様に拝謁いたします。この度は行幸にお招き頂き感謝いたします。橘宮より参りました燈花と申します、隣にいるのは侍女の小彩でございます」
「待っていたぞ、二人とも顔を上げなさい」
上品で軽やかな声だ。
「はい」
ゆっくり顔を上げると、穏やかで優しい笑みを浮かべた色白の美しい王妃が高座に座っている。淡紅色の衣を羽織っていて肩から胸の部分には金色と赤紫色の糸で山茶花の刺繍が施されている。
その色のグラデーションが見事で見入ってしまった。王妃の色白の肌にも良く映えている。髪も頭の上で綺麗に二つにまとめられていて、椿だろうか、、赤い花びらを何枚も重ねたような美しい花の髪飾りがさしてある。
「緊張せずに、楽にしなさい」
王妃が優しく言った。
「数ヶ月ほど前であったか、皇子が高熱を出した時にはそなたから貰った葛根が良く効き大変助かったと聞いた。遅くなったが礼を申すぞ、何か欲しいものはないか?」
「と、とんでもございません。卑しい身の私には身に余るお言葉でございます。先日負傷したときも大王さまより大変貴重な薬を頂きましたし、此度の行幸にもお招き頂き、大変感謝をしております。欲しいものはございません。王妃さまの優しいお心遣いだけで十分でございます」
「ハハハ、そなたは欲のない女子だと聞いたが誠にそうなのだな。大王さまが気に留めるわけだ。さぁ、今茶を入れるから、ゆっくり飲んで行きなさい」
「はい、感謝いたします」
不思議と王妃とは初対面にも関わらず、都の話やちまたで流行りものなど、リラックスして話が弾んだ。探し物をしに行かなければならないということは忘れていなかったが、王妃との時間がやけに心地よく、良い花の香りに誘われたのもあり、長居してしまった。
「王妃様、今日はお招き頂き誠にありがとうございました」
「私も話が出来て嬉しかったぞ、また来なさい」
「はい、では失礼いたします」
私たちは丁寧にお辞儀するとすぐ部屋へと帰った。
まだ、間に合う。もう一つの重要任務を終わらせないと…
「小彩、今から龍王ヶ湯に行ってくるわ、すぐに戻ってくるから!」
「もう日が暮れるというのに、今からですか⁉︎」
「大丈夫よ、場所はわかってるし、すぐに戻ってくるから」
「でも…」
小彩の返事を待たずに部屋を飛びだした。
「燈花様!」
背後から小彩の叫ぶ声が聞こえたが、どうしても今日中に解決したかったので振り返らずに無我夢中で走った。龍王ヶ湯に着いた時にはすっかり夕暮れ時で辺りの草木は橙色に染まっていた。人の気配もなく簡単に湯の側までたどり着くことができた。
確か、このあたりで大王さまがお倒れになって…この石の側に置いて…
記憶を辿りながら探し始めたもののどんなにくまなく探してもいっこうに見つからない。
ダメだ、、見つからない…
すっかり辺りは暗くなり、見上げた夜空には一番星がキラキラと輝きはじめている。
その時だった。ガサガサっと草むらから音が聞こえた。
誰か来た?獣?
思わず、怖くて地面に伏せてしまった。
「…探しているものはこれか?」
えっ・・・・
恐る恐る顔を上げると月の灯りに照らされた山代王が目の前に立っている。
「そなたが必死で探しているものはこれか?」
山代王はもう一度言うと手に持っていた指輪を私の目の前にかざした。
「や、山代王様…」
思わず涙が溢れ出た。安堵の気持ちが一気に込み上げ涙が止まらない。張り詰めた糸は完全に切れその場にしゃがみこんだ。
気がつけば大声で泣き出していた。山代王は私の突然の泣き姿に驚いたのか、おどおどと困った様子でいる。
「燈花よ泣くでない。泣かないでおくれ、脅かしてしまいすまなかった」
と言い、私を優しく抱きしめた。突然のことに驚いたが突き飛ばす余力など微塵も残っていなかった。むしろ山代王の温かいぬくもりに不思議と心が落ち着いた。大人になって久しく泣いていなかったので、なんだか逆に心地よかった。
「落ち着いたか?」
うん、と頷いた。
「これを探しに来たのであろう?」
そう言うと山代王は持っていた翡翠の指輪と手巾を渡してくれた。
「……」
何も答えられない…山代王の様子からしてきっと全てバレている。
「…ここで兄上を救った侍女は、そなただな?」
「…はい…」
「さようか…兄上はまだあの時の侍女をお探しになっている、むろん罰するわけではないのが…」
「どうか、黙っていて下さい」
「…私はそなたの一番の友だ、そなたの言う通りにするよ」
「感謝します」
「さぁ、もう真っ暗だ。寒いし帰ろう。部屋まで送らせておくれ」
山代王は優しく私の手を取ると月夜の中を歩き始めた。部屋に戻ると小彩は泣き腫らした私の顔を見て驚いたが、何も言わずに直ぐに厨房に行き温かい食事を運んできてくれた。