千燈花〜ETERNAL LOVE〜
徳多を見送ると六鯨は急いで門をしめ、屋敷の中へと戻った。中庭を歩く小彩に気づくと、大声で叫びながら駆け寄ってきた。
「小彩!小彩!待ってくれ~!」
「六鯨様、随分と朝から顔色が優れぬようですが、いかがされたのですか?」
事情を知らない小彩があっけらかんと尋ねた。
「実は今、巨勢様がいらしてな、桃原墓で急な仕事が入ってしまったのだ…」
六鯨は困った表情をし両手で頭を抱えた。
「しかし、新年の宴の準備をすすめないとこちらも間に合いませんよ」
小彩も困惑気味に答えた。
「わかっている!ゆえに困っているのだ!しかしな、豊浦大臣様のご命令とあらば逆らえぬ。今日は恐らく帰れぬだろう…あとでみなの飯を嶋の庄まで持ってきてくれ。宴の準備は侍女達に任せよう…悪いが漢人を使いに出し小墾田宮に応援を頼んでくれぬか?」
さすがの小彩もオロオロと冷や汗を流す六鯨を見てこれ以上責められないと思ったのだろう、
「それは、構いませんが…はぁ、承知いたしました」
と、素直に従った。
「良かった。頼んだぞ。とりあえず私は急ぎ男達を連れて桃原墓に向かうゆえ」
「お気をつけて下さい」
六鯨は顔を横に振ると頭をボリボリかきながら、小走りで去って行った。
「燈花様、燈花様、いらっしゃいますか?」
小彩が慌てた声で戸を叩いた。
「どうしたの?」
「実は急用が入ってしまい、今日は市には行けそうもありません」
「急用?」
「はい…」
小彩は申し訳ないとう表情をし、六鯨とのやり取りを話し出した。
「そう…では人手が必要ね。私も手伝うわ」
「いえいえ、燈花さまは中宮さまの客人なのに下働きなどお願いできません。私ども采女でなんとかいたします」
「でも、新年を迎える準備だってまだまだ終わっていないでしょう?今年の正月はいつになく盛大に祝うと聞いたわ。手抜かりがあったらそれこそ一大事よ、私も一緒に手伝うわ」
いつも宮の皆に良くしてもらっているので、こんな時こそ微力ではあるが日頃の恩返しも含めて役に立ちたかった。私の熱い思いが伝わったのか、小彩も素直に受け入れてくれた。
「面目ありません、ではお言葉に甘えてお願いいたします」
屋敷に残った人間はみな各々の仕事で精いっぱいで手が離せない。私も袖をたくし上げ小彩と二人で厨房を走り回った。食事が全て出来上がった頃には、昼をだいぶ過ぎていた。
「六鯨様、きっと待ちくたびれているかも…急ぎ嶋の庄まで届けに行って参ります」
小彩が大きな布を広げ荷を包みながら言ったが、かなりの量だ。
「こんなに沢山の荷をあなた一人では運べないでしょう?私も共にゆくから」
私はそう言うと大きな荷をひとつ掴みひょいっと肩から背負った。ずっしりと重い。
「燈花様!…何から何まで申し訳ありません…」
小彩は泣き出しそうな顔をしている。
「良いから、急いで向かいましょう。雨が降りだしそうよ」
見上げた空は朝よりも一段とどんよりと薄暗くなっていた。私たちは大きな荷物を抱え歩き出した。嶋の庄という名前は以前に何度か聞いた事があったが、不思議と今までどこにあるかなどを気にしたことはなかった。でも救援を申し込んできたところを見ると橘宮にほど近い場所にあるのだろう。
東門をくぐり少し下った先に飛鳥川が流れている、川沿いを上流に向かい歩き始めた。緩い上り坂がしばらく続いたあといつの間にか林の中を歩いていた。生い茂る木々の枝には葉こそなかったが均衡な距離を保ち美しかった。よく見てみると全て桃の木だ。この時、この場所が桃原と言われていることが腑に落ちた。
「小彩!小彩!待ってくれ~!」
「六鯨様、随分と朝から顔色が優れぬようですが、いかがされたのですか?」
事情を知らない小彩があっけらかんと尋ねた。
「実は今、巨勢様がいらしてな、桃原墓で急な仕事が入ってしまったのだ…」
六鯨は困った表情をし両手で頭を抱えた。
「しかし、新年の宴の準備をすすめないとこちらも間に合いませんよ」
小彩も困惑気味に答えた。
「わかっている!ゆえに困っているのだ!しかしな、豊浦大臣様のご命令とあらば逆らえぬ。今日は恐らく帰れぬだろう…あとでみなの飯を嶋の庄まで持ってきてくれ。宴の準備は侍女達に任せよう…悪いが漢人を使いに出し小墾田宮に応援を頼んでくれぬか?」
さすがの小彩もオロオロと冷や汗を流す六鯨を見てこれ以上責められないと思ったのだろう、
「それは、構いませんが…はぁ、承知いたしました」
と、素直に従った。
「良かった。頼んだぞ。とりあえず私は急ぎ男達を連れて桃原墓に向かうゆえ」
「お気をつけて下さい」
六鯨は顔を横に振ると頭をボリボリかきながら、小走りで去って行った。
「燈花様、燈花様、いらっしゃいますか?」
小彩が慌てた声で戸を叩いた。
「どうしたの?」
「実は急用が入ってしまい、今日は市には行けそうもありません」
「急用?」
「はい…」
小彩は申し訳ないとう表情をし、六鯨とのやり取りを話し出した。
「そう…では人手が必要ね。私も手伝うわ」
「いえいえ、燈花さまは中宮さまの客人なのに下働きなどお願いできません。私ども采女でなんとかいたします」
「でも、新年を迎える準備だってまだまだ終わっていないでしょう?今年の正月はいつになく盛大に祝うと聞いたわ。手抜かりがあったらそれこそ一大事よ、私も一緒に手伝うわ」
いつも宮の皆に良くしてもらっているので、こんな時こそ微力ではあるが日頃の恩返しも含めて役に立ちたかった。私の熱い思いが伝わったのか、小彩も素直に受け入れてくれた。
「面目ありません、ではお言葉に甘えてお願いいたします」
屋敷に残った人間はみな各々の仕事で精いっぱいで手が離せない。私も袖をたくし上げ小彩と二人で厨房を走り回った。食事が全て出来上がった頃には、昼をだいぶ過ぎていた。
「六鯨様、きっと待ちくたびれているかも…急ぎ嶋の庄まで届けに行って参ります」
小彩が大きな布を広げ荷を包みながら言ったが、かなりの量だ。
「こんなに沢山の荷をあなた一人では運べないでしょう?私も共にゆくから」
私はそう言うと大きな荷をひとつ掴みひょいっと肩から背負った。ずっしりと重い。
「燈花様!…何から何まで申し訳ありません…」
小彩は泣き出しそうな顔をしている。
「良いから、急いで向かいましょう。雨が降りだしそうよ」
見上げた空は朝よりも一段とどんよりと薄暗くなっていた。私たちは大きな荷物を抱え歩き出した。嶋の庄という名前は以前に何度か聞いた事があったが、不思議と今までどこにあるかなどを気にしたことはなかった。でも救援を申し込んできたところを見ると橘宮にほど近い場所にあるのだろう。
東門をくぐり少し下った先に飛鳥川が流れている、川沿いを上流に向かい歩き始めた。緩い上り坂がしばらく続いたあといつの間にか林の中を歩いていた。生い茂る木々の枝には葉こそなかったが均衡な距離を保ち美しかった。よく見てみると全て桃の木だ。この時、この場所が桃原と言われていることが腑に落ちた。