千燈花〜ETERNAL LOVE〜
東橘宮の裏に位置するこの付近を訪れるのは今回で二度目だ。一度目はここから更に奥に入り込んだ場所で、小彩と二人で薬草採りに行きイノシシに襲われた山だ。
あの時は散々な目にあったのだ。髪飾りも失くしてしまったし、久しぶりに髪飾りの事を思い出し気分が沈んだ。
更に桃林の中を歩みを進めると、先にきらりと光る水面が見えた。近づいてみるとそれは大きな苑池で正確に測量されているのか綺麗な正方形をしている。中央には中洲が造られていてまるで小さな島が浮いているようだ。
水面には数匹の水鳥が寄り添い羽をブルブルと小刻みに動かし冬空の下この寒さをしのいでいるように見えた。
「ここは?」
息を切らしながら少し前を歩く小彩に尋ねた。
「嶋宮でございます」
ここが嶋宮…さきほどの正四角形の苑池といい、等間隔で植えられている桃林といい広い敷地なのだろうが全てのものがしっかり管理されているようで感心した。
今までは緩い坂を上がってきたが池を過ぎたあたりから今度は急な登り坂へと変わった。
重い荷を包んだ布が肩にくいこみ痛い…。
何度も立ち止まると前方を仰いだが、当然坂の上の景色は見えない。
「燈花様、大丈夫ですか?もう少しですよ、この坂を上がって、その先を少し歩けば…」
小彩が何度も振り返り励ましてくれたが、もう限界だ…足はパンパンだしこれ以上は歩けない…そう思い立ち止まった時、
「燈花様、着きましたよ!」
先を進んでいた小彩が上から叫んだ。
「燈花様、そこでお待ちになって下さい!今、向こうにいる六鯨様を呼んで参ります!」
小彩はその場で荷を下ろすとどこかへ姿を消した。なんとか小彩が荷を下ろした場所まではたどり着かないと、と思い自分に鞭を打ち上へと向かった。荷の傍まで来るとその場に倒れるように転がった。
どんなに深呼吸をしてもなかなか息が整わない。
はぁ、疲れたわ…もう歩けない…
どんよりとした重い雲で重なる冬空を見ながら目を閉じた。ザクッ、ザクッと誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
私は起き上がらずに目を閉じたまま尋ねた。
「小彩?六鯨様は見つかった?」
「……」
……おかしい、返事がない。不審に思った私はのそのそと体を起こし顔を上げた。見ると若い少年が無表情のままじっと私を見ている。
そう、この冷淡な顔立ち…林臣太郎だ。私は慌てて立ち上がると、拝礼をした。中宮の庭での蹴鞠以来なので久しぶりの対面だ。若いのにこの威圧的な態度はいったいどこから来るのだろうと、頭を下げながら思った。
「林臣様にご挨拶いたします」
林臣は私の目の前に立つと黙ったまま足元に置かれた荷に視線を落とした。
気まずい…彼がなぜここにいるのかはわからないが、私の事など無視してすぐに去って欲しかった。なぜこんなに一秒一秒が長く感じるのだろう…沈黙に耐えかねて自分から話を振った。
「橘宮の使用人たちがこの辺りで御用勤めをしておりまして、食事を運んできたのです…」
「数日食を抜いたとて、死にはせぬ」
相変わらず冷たい口調だ。そしていつも上から目線なのが鼻につく。人生の八割をきっと損しているに違いない…そんな事を考えながら衣の袖をぎゅっと握りなおし、静かにきっぱりと言った。
「今日は新年を迎える準備で大変多忙な日でしたが、皆こちらの作業を優先する為にやってまいりました」
「当然だ、主従関係があるからな」
林臣は当然のことだろうという風に言うと、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「…林臣様が朝廷でどのようなお立場かは存じませんが、主従関係といえども私どもは中宮様、はたまた大王様に忠誠心をもってお仕えする立場にございます」
「…ふん」
林臣は一言放つとその場から去った。彼の遠くなる後ろ姿を確認しほっと胸をなでおろした。しばらくすると小彩が六鯨を連れて戻ってきた。
「燈花様、お待たせしました。この先は六鯨様達が荷を運んでくださりますので、少し休みましょう」
「良かった~」
嬉しさのあまり胸の前で両手をパチパチと叩いた。
「燈花様にまで、ご面倒をおかけしてしまい誠に申し訳ありません。もう少し登った先に東屋がありますのでそちらでお休みください」
六鯨が申し訳なさそうに額の汗を拭きながら言った。もう一度気合を入れ直し、ゆるい登り坂を歩き出した。六鯨の言ったとおり、東屋の屋根らしきものが坂の上に見えた。息を整えながら小彩にさきほどの出来事を話した。
「さっき、林臣様と下ですれ違ったのよ」
「林臣様ですか?お見えになられていたのですね」
「相変わらず、冷たい感じで嫌だったわ」
私が少し嫌味ったらしく言うと、
「シィー燈花様、声が大きいですよ!誰かに聞かれたら大変です」
小彩は口に指をあてしかめっ面をするとキョロキョロと周りに人が居ないかを確認した。林臣様にはいつまでたっても慣れないのか、随分と怯える。”十七、八のただの子どもじゃないの!”と喉まで言葉が出かがったが、私は大人だ。馬鹿な事はしない。
あの時は散々な目にあったのだ。髪飾りも失くしてしまったし、久しぶりに髪飾りの事を思い出し気分が沈んだ。
更に桃林の中を歩みを進めると、先にきらりと光る水面が見えた。近づいてみるとそれは大きな苑池で正確に測量されているのか綺麗な正方形をしている。中央には中洲が造られていてまるで小さな島が浮いているようだ。
水面には数匹の水鳥が寄り添い羽をブルブルと小刻みに動かし冬空の下この寒さをしのいでいるように見えた。
「ここは?」
息を切らしながら少し前を歩く小彩に尋ねた。
「嶋宮でございます」
ここが嶋宮…さきほどの正四角形の苑池といい、等間隔で植えられている桃林といい広い敷地なのだろうが全てのものがしっかり管理されているようで感心した。
今までは緩い坂を上がってきたが池を過ぎたあたりから今度は急な登り坂へと変わった。
重い荷を包んだ布が肩にくいこみ痛い…。
何度も立ち止まると前方を仰いだが、当然坂の上の景色は見えない。
「燈花様、大丈夫ですか?もう少しですよ、この坂を上がって、その先を少し歩けば…」
小彩が何度も振り返り励ましてくれたが、もう限界だ…足はパンパンだしこれ以上は歩けない…そう思い立ち止まった時、
「燈花様、着きましたよ!」
先を進んでいた小彩が上から叫んだ。
「燈花様、そこでお待ちになって下さい!今、向こうにいる六鯨様を呼んで参ります!」
小彩はその場で荷を下ろすとどこかへ姿を消した。なんとか小彩が荷を下ろした場所まではたどり着かないと、と思い自分に鞭を打ち上へと向かった。荷の傍まで来るとその場に倒れるように転がった。
どんなに深呼吸をしてもなかなか息が整わない。
はぁ、疲れたわ…もう歩けない…
どんよりとした重い雲で重なる冬空を見ながら目を閉じた。ザクッ、ザクッと誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
私は起き上がらずに目を閉じたまま尋ねた。
「小彩?六鯨様は見つかった?」
「……」
……おかしい、返事がない。不審に思った私はのそのそと体を起こし顔を上げた。見ると若い少年が無表情のままじっと私を見ている。
そう、この冷淡な顔立ち…林臣太郎だ。私は慌てて立ち上がると、拝礼をした。中宮の庭での蹴鞠以来なので久しぶりの対面だ。若いのにこの威圧的な態度はいったいどこから来るのだろうと、頭を下げながら思った。
「林臣様にご挨拶いたします」
林臣は私の目の前に立つと黙ったまま足元に置かれた荷に視線を落とした。
気まずい…彼がなぜここにいるのかはわからないが、私の事など無視してすぐに去って欲しかった。なぜこんなに一秒一秒が長く感じるのだろう…沈黙に耐えかねて自分から話を振った。
「橘宮の使用人たちがこの辺りで御用勤めをしておりまして、食事を運んできたのです…」
「数日食を抜いたとて、死にはせぬ」
相変わらず冷たい口調だ。そしていつも上から目線なのが鼻につく。人生の八割をきっと損しているに違いない…そんな事を考えながら衣の袖をぎゅっと握りなおし、静かにきっぱりと言った。
「今日は新年を迎える準備で大変多忙な日でしたが、皆こちらの作業を優先する為にやってまいりました」
「当然だ、主従関係があるからな」
林臣は当然のことだろうという風に言うと、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「…林臣様が朝廷でどのようなお立場かは存じませんが、主従関係といえども私どもは中宮様、はたまた大王様に忠誠心をもってお仕えする立場にございます」
「…ふん」
林臣は一言放つとその場から去った。彼の遠くなる後ろ姿を確認しほっと胸をなでおろした。しばらくすると小彩が六鯨を連れて戻ってきた。
「燈花様、お待たせしました。この先は六鯨様達が荷を運んでくださりますので、少し休みましょう」
「良かった~」
嬉しさのあまり胸の前で両手をパチパチと叩いた。
「燈花様にまで、ご面倒をおかけしてしまい誠に申し訳ありません。もう少し登った先に東屋がありますのでそちらでお休みください」
六鯨が申し訳なさそうに額の汗を拭きながら言った。もう一度気合を入れ直し、ゆるい登り坂を歩き出した。六鯨の言ったとおり、東屋の屋根らしきものが坂の上に見えた。息を整えながら小彩にさきほどの出来事を話した。
「さっき、林臣様と下ですれ違ったのよ」
「林臣様ですか?お見えになられていたのですね」
「相変わらず、冷たい感じで嫌だったわ」
私が少し嫌味ったらしく言うと、
「シィー燈花様、声が大きいですよ!誰かに聞かれたら大変です」
小彩は口に指をあてしかめっ面をするとキョロキョロと周りに人が居ないかを確認した。林臣様にはいつまでたっても慣れないのか、随分と怯える。”十七、八のただの子どもじゃないの!”と喉まで言葉が出かがったが、私は大人だ。馬鹿な事はしない。