千燈花〜ETERNAL LOVE〜
しばらくするとパチパチと音がし竈に火がついた。小彩はようやく私の存在に気が付いたらしく、
「すいません燈花様、気が付かずにおりました。随分と衣が濡れていらっしゃるのですね!!さあこちらに来て火に当たって下さい」
と言い、小さな切り株を竈の側に置いてくれた。私はそこに座るとすっかり冷たくなった手と足を出し暖を取った。竈の火は勢いよく燃え始め、広い母屋ではあったがすぐに温かくなった。いつの間にか雨は止んだらしい。外を覗いた小彩が空を見上げながら言った。
「燈花様、雨は止みましたがじき真っ暗闇になります。歩いて帰れる距離ではありますが、足元がぬかるんでいるし、万が一水路や川にでも落ちたら大変です。念のため今日はこちらで暖をとり、明日の朝一番で帰りませんか?」
「そうね、その方が安全だわね…」
そう言い終わるやいなや、六鯨を先頭にぞろぞろと橘宮の使用人たちが母屋の中へと入ってきた。雨が止んだタイミングで小さな小屋から移ってきたのだ。
母屋に入りすぐに私達に気が付いた六鯨は飛び上がると今日一日の事を謝罪し、先に火を起こし小屋を温めていたことに大いに感謝した。皆で竈の火を囲み暖を取ったが、流石に真冬の夜は寒さがこたえた。
残りの薪も心もとない感じだし果たして朝まで持つだろうか…そう思っていた時、外からパカッパカッと馬のひずめの音がしギギーっと戸が開いた。
戸の向こうの暗闇から林臣の臣下である巨勢徳多がひょっこり現れた。
「巨勢様⁉︎」
六鯨が叫んだ。
「六鯨よ、荷と薪を持ってきたから皆で使え」
徳多はそう言うと馬の後ろの荷台に積まれた何枚かのむしろと、酒が入った甕を降ろし始めた。六鯨と使用人達は慌てて起き上がると荷下ろしを手伝った。
「こ、これは?」
六鯨が驚いた表情で酒の甕を抱えながら徳多に尋ねた。
「林臣様の心遣いだ。ありがたく思え、明日も早朝から仕事を始めるからな、飲みすぎるなよ」
「ありがたき、お心遣いに感謝いたします」
六鯨は深々と頭を下げ丁寧に感謝をすると、徳多の姿が見えなくなるまで外で見送った。徳多が去ると皆で荷を母屋の中へと運んだ。
「本当に林臣様からなのでしょうか?」
小彩が疑わしげに小声で六鯨に尋ねた。
「実に珍しい事ではあるが、林臣様の計らいであろう。この酒は嶋宮の屋敷の人間しか飲めぬ高級な酒だ。使用人でさえもおそらく口にすることは滅多になかろう」
甕の蓋を開けると、梅の良い香りが小屋いっぱいに漂った。皆で配られたむしろにくるまり酒を飲み暖を取った。
良いところも、少しはあるのね…腕の怪我は治ったのかしら…
一口飲むと梅の良い香りが全身を包んだ。そしてウトウトとし、いつのまにか寝てしまった。
深い眠りの中で夢を見ている…
山代王様、どうかお聞きいれ下さい!そのような志は捨てて下さい!
燈花よ、許せ、兄上の志しを継いだのだ。必ずや聖君となり、この国を治めてみせる!!
そんな、山代王様…
燈花様、危ない!矢が!
ドサッ…矢が刺さったのだろうか…
「ヒャア!!」
自分の声に驚き目を覚ました。額も手も身体中汗をびっしょりとかいている。
なんなのいったい…嫌な夢を見てしまったわ…喉が乾いた、水が飲みたい…確か外に水飲み場があったわね…
小屋の中を見渡すと、皆すっかり酔って寝静まっている。起こさないように忍び足で歩き戸を開けた。ツーンとした冷たい空気を一気に吸い込んだ。体中の臓器が一瞬で凍りつきそうだ。
あぁ…寒い…見上げた夜空には昼間のような厚い雲はなく、北極星や北斗七星がまばゆいばかりにキラキラと輝いている。
水を飲み終えた時だ、どこからかボロン、ボロンという音が微かに聞こえてきた。こんな夜更けに、いったいなんの音だろうか…それとも私の聞き間違いだろうか…
少し怖かったが、勇気を出して音の鳴る方へと歩き出した。月明りに照らされた桃林は幻想的に青白く光っている。遠くに桃の木の下に座る人影が見えた。足元に置かれた細長い物が月明りに照らされてキラキラと光っている。形はぼんやりとしか見えずわからない。
しばらく立ち止まり様子を見ていると、再び音が鳴り始めた…間違いない琴の音色だ。ボロン…ボロン…冷たい澄んだ空気に溶け込むように琴の音色が優しく静かに響き渡っている。
こんな冬の寒い夜にいったい誰が奏でているのだろうか?美しい旋律だが、どこか寂しげで儚い…胸がきゅっと締め付けられる感じがした。寒さも忘れしばらくその場に立ち、美しい琴の音を聞いていた。
「すいません燈花様、気が付かずにおりました。随分と衣が濡れていらっしゃるのですね!!さあこちらに来て火に当たって下さい」
と言い、小さな切り株を竈の側に置いてくれた。私はそこに座るとすっかり冷たくなった手と足を出し暖を取った。竈の火は勢いよく燃え始め、広い母屋ではあったがすぐに温かくなった。いつの間にか雨は止んだらしい。外を覗いた小彩が空を見上げながら言った。
「燈花様、雨は止みましたがじき真っ暗闇になります。歩いて帰れる距離ではありますが、足元がぬかるんでいるし、万が一水路や川にでも落ちたら大変です。念のため今日はこちらで暖をとり、明日の朝一番で帰りませんか?」
「そうね、その方が安全だわね…」
そう言い終わるやいなや、六鯨を先頭にぞろぞろと橘宮の使用人たちが母屋の中へと入ってきた。雨が止んだタイミングで小さな小屋から移ってきたのだ。
母屋に入りすぐに私達に気が付いた六鯨は飛び上がると今日一日の事を謝罪し、先に火を起こし小屋を温めていたことに大いに感謝した。皆で竈の火を囲み暖を取ったが、流石に真冬の夜は寒さがこたえた。
残りの薪も心もとない感じだし果たして朝まで持つだろうか…そう思っていた時、外からパカッパカッと馬のひずめの音がしギギーっと戸が開いた。
戸の向こうの暗闇から林臣の臣下である巨勢徳多がひょっこり現れた。
「巨勢様⁉︎」
六鯨が叫んだ。
「六鯨よ、荷と薪を持ってきたから皆で使え」
徳多はそう言うと馬の後ろの荷台に積まれた何枚かのむしろと、酒が入った甕を降ろし始めた。六鯨と使用人達は慌てて起き上がると荷下ろしを手伝った。
「こ、これは?」
六鯨が驚いた表情で酒の甕を抱えながら徳多に尋ねた。
「林臣様の心遣いだ。ありがたく思え、明日も早朝から仕事を始めるからな、飲みすぎるなよ」
「ありがたき、お心遣いに感謝いたします」
六鯨は深々と頭を下げ丁寧に感謝をすると、徳多の姿が見えなくなるまで外で見送った。徳多が去ると皆で荷を母屋の中へと運んだ。
「本当に林臣様からなのでしょうか?」
小彩が疑わしげに小声で六鯨に尋ねた。
「実に珍しい事ではあるが、林臣様の計らいであろう。この酒は嶋宮の屋敷の人間しか飲めぬ高級な酒だ。使用人でさえもおそらく口にすることは滅多になかろう」
甕の蓋を開けると、梅の良い香りが小屋いっぱいに漂った。皆で配られたむしろにくるまり酒を飲み暖を取った。
良いところも、少しはあるのね…腕の怪我は治ったのかしら…
一口飲むと梅の良い香りが全身を包んだ。そしてウトウトとし、いつのまにか寝てしまった。
深い眠りの中で夢を見ている…
山代王様、どうかお聞きいれ下さい!そのような志は捨てて下さい!
燈花よ、許せ、兄上の志しを継いだのだ。必ずや聖君となり、この国を治めてみせる!!
そんな、山代王様…
燈花様、危ない!矢が!
ドサッ…矢が刺さったのだろうか…
「ヒャア!!」
自分の声に驚き目を覚ました。額も手も身体中汗をびっしょりとかいている。
なんなのいったい…嫌な夢を見てしまったわ…喉が乾いた、水が飲みたい…確か外に水飲み場があったわね…
小屋の中を見渡すと、皆すっかり酔って寝静まっている。起こさないように忍び足で歩き戸を開けた。ツーンとした冷たい空気を一気に吸い込んだ。体中の臓器が一瞬で凍りつきそうだ。
あぁ…寒い…見上げた夜空には昼間のような厚い雲はなく、北極星や北斗七星がまばゆいばかりにキラキラと輝いている。
水を飲み終えた時だ、どこからかボロン、ボロンという音が微かに聞こえてきた。こんな夜更けに、いったいなんの音だろうか…それとも私の聞き間違いだろうか…
少し怖かったが、勇気を出して音の鳴る方へと歩き出した。月明りに照らされた桃林は幻想的に青白く光っている。遠くに桃の木の下に座る人影が見えた。足元に置かれた細長い物が月明りに照らされてキラキラと光っている。形はぼんやりとしか見えずわからない。
しばらく立ち止まり様子を見ていると、再び音が鳴り始めた…間違いない琴の音色だ。ボロン…ボロン…冷たい澄んだ空気に溶け込むように琴の音色が優しく静かに響き渡っている。
こんな冬の寒い夜にいったい誰が奏でているのだろうか?美しい旋律だが、どこか寂しげで儚い…胸がきゅっと締め付けられる感じがした。寒さも忘れしばらくその場に立ち、美しい琴の音を聞いていた。