千燈花〜ETERNAL LOVE〜
ここがどこかもわからないし何故こんな時間なのかもわからないが、男が嘘をついているようには見えなかった。
まぁいい、行ってみよう…覚悟を決め歩き始めた。渡された小さな燈籠と月の明かりだけが頼りだが、今晩の月はとにかく大きく明るい。足元を照らしてくれるには十分すぎるほどの明るさだ。
冬の夜だけある。林から吹いてくる冷たい風にまつ毛も髪も凍りつくようだ。しばらく道なりを歩いていると少し先に小さな松明の灯りが見えた。その先にも別の松明の灯りがゆらゆらと見える。灯りを頼りにゆっくりと前へ進んだ。
静まり返った林の中にはザクッザクっと霜柱を踏んで歩く音しかしない。心細いが行くしかない…しばらく林の中を歩き続けると木々の向こうにキラキラと輝くものが見えた。ゆっくりと近づくと頭の後ろでバタバタと鳥の羽ばたく音がし驚いて振り返った。
すぐそこに月明かりに照らされた青白い山が見える。見覚えのある山だ。再び正面を向き数歩すすんだところで目の前は開け池が現れた。
池の水面は月明りに照らされキラキラと光り夜空に浮かぶ月は明るく輝いている。とても幻想的で見とれていた。もう一度振り返り山を見た。
あの山…畝傍山に似ている…もしそうだとすると、この池は…深田池だ。もう一度池の周りを見渡すと松明を灯した東屋が池の辺りに見えた。しかも誰かいる…
中宮様だろうか?急ぎ足で近づいた。ゆらゆらと揺れる灯りの下に中宮が一人こちらを向いてぽつんと立っている。
中宮様だわ!!
訳がわからないまま中宮のもとまで駆け寄った。
「中宮様!かように寒い夜にお呼びになるとは、いったいどうされたのですか⁉︎」
中宮はゆっくり頷くと静かに言った。
「…燈花よ、大事な話があるゆえこの池までそなたを呼んだのだ。ここなら二人だけで話が出来よう…」
何を言っているのか全く状況がつかめない。ただ中宮がいつもよりも憂いを含んだ寂し気な瞳をしている。事情はわからないが、とにかく中宮を連れて馬車まで戻らないと…
「中宮様この寒空の下ではお身体に障ります、すぐに馬車まで戻りましょう」
中宮の手を握ったが氷のように冷たい…。
「構わぬ、もう十分生きたのだ」
中宮が寂しそうに笑った。
「中宮様?」
「燈花よ、私はこの池から見る春の夜桜が大好きだ…特に月明かりに照らされた夜桜が散る姿は実に美しい…」
中宮がぽつりと呟いた。
どうしたのだろう…様子がおかしい…
「では春になり桜が咲いたら、一緒に見にきましょう…」
「フフッ、そうしよう…」
中宮はやはり寂しく笑いうつむいた。
「中宮様、もう戻りましょう…手が…」
私の言葉を遮るように中宮が言った。
「そなたとは、大分前に一度会ったな…」
えっ?…
「この世界の者ではないだろう?」
ハッと、思わず息をのみ中宮を見た。中宮は静かに私を見つめたままだ。一瞬であらゆる思考が止まった。
「怖がらなくとも良い。私に会いに来たであろう?…あの時そなたが空から私の陵墓めがけて舞い降りて来るのを見た」
ちょっと待って、全然頭が働かない…中宮様のお墓…えっ⁉︎まさか、あの夢のことだろうか⁉︎ やっぱりあそこ中宮様の陵墓だったんだ…あの時、声を聞いたのは…
言葉が出ない。
「そなたに初めて会った時には大変驚いた…やはり夢ではなかったと確信したのだ…この世は実に無情であるな…」
中宮は深いため息をつくと悲しそうに池の水面を見つめた。
「中宮様…何故そんなに悲しまれるのですか?」
突如そんな言葉が口から出た時、冷たい風が畝傍山からビューっと吹いてきた。そして雲一つないのに空から真っ白な粉雪がチラチラと降りだした。
「燈花よ、よく聞いて欲しい。私が死んだ後の話だ」
「そ、そんな、何をおっしゃるのです!」
「燈花よ、落ち着いて聞いておくれ。間もなく私の命は尽きる…どうか、あの子達を守って欲しい。不甲斐な私にはどうする事も出来ぬ。この定めが天命なのは十分承知している…なれど、罪のない二人だ。どうかあの子らを守って欲しい…」
中宮は私の手を取るとポロポロと涙を流しはじめた。しわくちゃの冷たい手から中宮の深い悲しみが伝わってくる…
「中宮様どうか泣かないで下さい」
頭の中は訳が分からずぐちゃぐちゃだった。その時、東の空に見える彗星が急に強く輝きあたり一面が昼間のように明るくなった。
何が起こったのだろうか?体は風船のようにふわふわと軽くなりつま先が地面から離れるとプカプカと宙に浮きはじめた。
「中宮様!!」
体はどんどん暗い夜空に吸い込まれていく。必死で中宮の手を握りしめた。
「燈花よ頼んだぞ」
「中宮様、一体これはどうなって…中宮様!!中宮様!!」
中宮と強く繋いでいたはずの手が離れてしまった…
「灯花~」
「中宮様~」
必死で叫んだが体はどんどん空高く昇っていく。中宮の姿が段々と小さくなっていく。寒さと眩暈で意識が朦朧としてきた。もはやこれが夢なのか現実なのかもわからない。夜空の星は大きく輝き、粉雪と共にぐるぐると世界が回りはじめた。
中宮様…どうか、悲しまないで…泣かないで…
溢れる涙が頬をつたい意識を失くした。
まぁいい、行ってみよう…覚悟を決め歩き始めた。渡された小さな燈籠と月の明かりだけが頼りだが、今晩の月はとにかく大きく明るい。足元を照らしてくれるには十分すぎるほどの明るさだ。
冬の夜だけある。林から吹いてくる冷たい風にまつ毛も髪も凍りつくようだ。しばらく道なりを歩いていると少し先に小さな松明の灯りが見えた。その先にも別の松明の灯りがゆらゆらと見える。灯りを頼りにゆっくりと前へ進んだ。
静まり返った林の中にはザクッザクっと霜柱を踏んで歩く音しかしない。心細いが行くしかない…しばらく林の中を歩き続けると木々の向こうにキラキラと輝くものが見えた。ゆっくりと近づくと頭の後ろでバタバタと鳥の羽ばたく音がし驚いて振り返った。
すぐそこに月明かりに照らされた青白い山が見える。見覚えのある山だ。再び正面を向き数歩すすんだところで目の前は開け池が現れた。
池の水面は月明りに照らされキラキラと光り夜空に浮かぶ月は明るく輝いている。とても幻想的で見とれていた。もう一度振り返り山を見た。
あの山…畝傍山に似ている…もしそうだとすると、この池は…深田池だ。もう一度池の周りを見渡すと松明を灯した東屋が池の辺りに見えた。しかも誰かいる…
中宮様だろうか?急ぎ足で近づいた。ゆらゆらと揺れる灯りの下に中宮が一人こちらを向いてぽつんと立っている。
中宮様だわ!!
訳がわからないまま中宮のもとまで駆け寄った。
「中宮様!かように寒い夜にお呼びになるとは、いったいどうされたのですか⁉︎」
中宮はゆっくり頷くと静かに言った。
「…燈花よ、大事な話があるゆえこの池までそなたを呼んだのだ。ここなら二人だけで話が出来よう…」
何を言っているのか全く状況がつかめない。ただ中宮がいつもよりも憂いを含んだ寂し気な瞳をしている。事情はわからないが、とにかく中宮を連れて馬車まで戻らないと…
「中宮様この寒空の下ではお身体に障ります、すぐに馬車まで戻りましょう」
中宮の手を握ったが氷のように冷たい…。
「構わぬ、もう十分生きたのだ」
中宮が寂しそうに笑った。
「中宮様?」
「燈花よ、私はこの池から見る春の夜桜が大好きだ…特に月明かりに照らされた夜桜が散る姿は実に美しい…」
中宮がぽつりと呟いた。
どうしたのだろう…様子がおかしい…
「では春になり桜が咲いたら、一緒に見にきましょう…」
「フフッ、そうしよう…」
中宮はやはり寂しく笑いうつむいた。
「中宮様、もう戻りましょう…手が…」
私の言葉を遮るように中宮が言った。
「そなたとは、大分前に一度会ったな…」
えっ?…
「この世界の者ではないだろう?」
ハッと、思わず息をのみ中宮を見た。中宮は静かに私を見つめたままだ。一瞬であらゆる思考が止まった。
「怖がらなくとも良い。私に会いに来たであろう?…あの時そなたが空から私の陵墓めがけて舞い降りて来るのを見た」
ちょっと待って、全然頭が働かない…中宮様のお墓…えっ⁉︎まさか、あの夢のことだろうか⁉︎ やっぱりあそこ中宮様の陵墓だったんだ…あの時、声を聞いたのは…
言葉が出ない。
「そなたに初めて会った時には大変驚いた…やはり夢ではなかったと確信したのだ…この世は実に無情であるな…」
中宮は深いため息をつくと悲しそうに池の水面を見つめた。
「中宮様…何故そんなに悲しまれるのですか?」
突如そんな言葉が口から出た時、冷たい風が畝傍山からビューっと吹いてきた。そして雲一つないのに空から真っ白な粉雪がチラチラと降りだした。
「燈花よ、よく聞いて欲しい。私が死んだ後の話だ」
「そ、そんな、何をおっしゃるのです!」
「燈花よ、落ち着いて聞いておくれ。間もなく私の命は尽きる…どうか、あの子達を守って欲しい。不甲斐な私にはどうする事も出来ぬ。この定めが天命なのは十分承知している…なれど、罪のない二人だ。どうかあの子らを守って欲しい…」
中宮は私の手を取るとポロポロと涙を流しはじめた。しわくちゃの冷たい手から中宮の深い悲しみが伝わってくる…
「中宮様どうか泣かないで下さい」
頭の中は訳が分からずぐちゃぐちゃだった。その時、東の空に見える彗星が急に強く輝きあたり一面が昼間のように明るくなった。
何が起こったのだろうか?体は風船のようにふわふわと軽くなりつま先が地面から離れるとプカプカと宙に浮きはじめた。
「中宮様!!」
体はどんどん暗い夜空に吸い込まれていく。必死で中宮の手を握りしめた。
「燈花よ頼んだぞ」
「中宮様、一体これはどうなって…中宮様!!中宮様!!」
中宮と強く繋いでいたはずの手が離れてしまった…
「灯花~」
「中宮様~」
必死で叫んだが体はどんどん空高く昇っていく。中宮の姿が段々と小さくなっていく。寒さと眩暈で意識が朦朧としてきた。もはやこれが夢なのか現実なのかもわからない。夜空の星は大きく輝き、粉雪と共にぐるぐると世界が回りはじめた。
中宮様…どうか、悲しまないで…泣かないで…
溢れる涙が頬をつたい意識を失くした。