千燈花〜ETERNAL LOVE〜
空白の十三年
ホーホケキョ、ケキョケキョ、チュンチュン…外から賑やかな鳥達のさえずりが聞こえる。春の穏やかな陽射しが部屋中に広がっている。
ゆっくり体を起こすと、桜の花びらが一枚ぽとりと床に落ちた。
拾い上げた花びらを見つめ昨夜の事を思い出した。ここ数日間で起こった出来事全てが真実なのだ。あの日、中宮に会ったのを最後に二度目のタイムスリップをし再び十三年という時を超えてしまった。
あの夜、中宮は私に何か伝えようとしていたが彼女の居ない今、それが何なのかを具体的に知るすべはない。複雑に絡まり合った紐をほどいていくのに相当な勇気と覚悟が必要になるだろうと、とてつもない不安に襲われ胸を押えた。
あれ?…何かが胸に当たっている…はっと思い出し急いで取り上げた。首から下げた紐の先にあるもの…そう、翡翠の指輪だ。以前山代王が友の証にと贈ってくれた大切な物だ。緑色に美しく輝く指輪は山代王との思い出を一瞬でよみがえらせた。山代王のあどけない笑顔を思い出し胸がきゅんと痛んだ。
どうされているだろうか、、、、、。
しばらくすると、戸の向こうから小彩の明るい声が聞こえた。
「燈花様、お気づきになられましたか?」
「えぇ…」
そう答えると小彩は戸を開けヨイショヨイショと、水を張った桶を足元に置いた。
「燈花様、どうぞお顔を洗ってください。昨日からずっとお顔に泥がついたままです」
「えっ?」
私は慌てて両手で顔をおさえながら戸口に行き、桶の水に映る自分を覗き込んだ。確かに額にも頬にも乾いた泥がついている。でも、そんなことよりも自分の顔がもとの27歳に戻っている事に驚いた。
まぁ、もとの姿に戻っただけだからなんの違和感も感動もないが、小彩は美しい佇まいの大人の女性へと変わっている。十三年という月日の長さを改めて感じた。
「燈花様、ご気分はどうですか?」
「ありがとう、だいぶ良いわ」
「さようですか、安心いたしました」
顔を洗い終え部屋の中へと戻ると小彩が茶を淹れてくれた。桂花茶だろうか、金木犀の良い香りが部屋中に漂いとても気分が良い。
昨日の事をうまくごまかさないと…
「…昨日は取り乱してしまい悪かったわ。私きっとまた気を失った時に頭でも打ったのね…今はまだ混乱しているけれど、じき良くなると思うわ」
「そうですよ、この十三年間の都での出来事は私が全てお話いたしますので、安心してください」
小彩が答えた。本当は彼女には包み隠さず真実を伝えたかったが、また別の機会にと思い踏みとどまった。
「ありがとう。あなたが側にいてくれてどれだけ心強いか…でも、もう十三年の時が過ぎたのだからあなたもご家族があるのでしょう?」
この時代であればほとんどの場合十代半ばで嫁ぐはず…もう私の世話をしてもらう訳にもいかない…
「実はそれが…そのぉ…」
小彩は少し顔を赤らめると何ともバツが悪そうにうつむいた。
「…お恥ずかしながら実は未だに…誰にも嫁いでおりません」
小彩は指で頬をかきながら、苦笑いをした。
「えっ?なぜなの?あなたのように器量よしなら沢山の結婚の申し出があったはずでしょ?」
「はい…良い縁談話を幾度か頂いたのですが…身勝手ながら私の心が動かなかったのです」
小彩はそう言うと手を胸に当てため息をついた。この時代、宮中で働く采女以外のいかなる女性も嫁ぐものだと思っていたのでこの報告にはかなり驚いた。
もしかしたらと思い、尋ねてみた。
「誰か他にお慕いしている方がいるの?」
「そ、そ、そのような方はおりません…」
と慌てて手を横に振り否定したが、目をパチパチさせながら顔がほんのりと赤く染まったのを見逃さなかった。そうよね、好きな人の一人や二人くらいいるに決まってる…
「でも、一人では生活が苦しいのでは?この先心配だわ…」
私が母親のようにため息まじりに言うと、
「失礼を承知で申し上げますが…燈花様もまだお一人なのでは…?」
と即座に言い返し、いたずらそうに目を細め私の顔をジッと見た。
「あぁ!そうだった!」
すっかり自分の事を棚に上げ忘れていた…
でも…すぐに山代王の顔が浮かんだ。
「燈花様にまたお仕え出来ますし、私はとても幸せです」
「ありがとう、私も嬉しいわ」
実は小彩が一人だと聞き内心ほっとした気持ちもあった。この先もし壮絶な人生が待っていたらとても彼女の助けなしでは生きていけない。
「それにしても燈花様は十三年前とあまり変わらないのでございますね、誠に不思議でございます。東国には不老不死の妙薬でもあるのでございますか?」
「そ、そんなものはないわよ、私だって年を取ったわ…」
「全然そのようには見えません、とってもお美しいです」
確かに今朝、元の自分の顔に戻ったのを確認したが、もともと老け顔のせいか少女時代も今現在もあまり変わっていない…皆がすぐに認識するわけだ。
ゆっくり体を起こすと、桜の花びらが一枚ぽとりと床に落ちた。
拾い上げた花びらを見つめ昨夜の事を思い出した。ここ数日間で起こった出来事全てが真実なのだ。あの日、中宮に会ったのを最後に二度目のタイムスリップをし再び十三年という時を超えてしまった。
あの夜、中宮は私に何か伝えようとしていたが彼女の居ない今、それが何なのかを具体的に知るすべはない。複雑に絡まり合った紐をほどいていくのに相当な勇気と覚悟が必要になるだろうと、とてつもない不安に襲われ胸を押えた。
あれ?…何かが胸に当たっている…はっと思い出し急いで取り上げた。首から下げた紐の先にあるもの…そう、翡翠の指輪だ。以前山代王が友の証にと贈ってくれた大切な物だ。緑色に美しく輝く指輪は山代王との思い出を一瞬でよみがえらせた。山代王のあどけない笑顔を思い出し胸がきゅんと痛んだ。
どうされているだろうか、、、、、。
しばらくすると、戸の向こうから小彩の明るい声が聞こえた。
「燈花様、お気づきになられましたか?」
「えぇ…」
そう答えると小彩は戸を開けヨイショヨイショと、水を張った桶を足元に置いた。
「燈花様、どうぞお顔を洗ってください。昨日からずっとお顔に泥がついたままです」
「えっ?」
私は慌てて両手で顔をおさえながら戸口に行き、桶の水に映る自分を覗き込んだ。確かに額にも頬にも乾いた泥がついている。でも、そんなことよりも自分の顔がもとの27歳に戻っている事に驚いた。
まぁ、もとの姿に戻っただけだからなんの違和感も感動もないが、小彩は美しい佇まいの大人の女性へと変わっている。十三年という月日の長さを改めて感じた。
「燈花様、ご気分はどうですか?」
「ありがとう、だいぶ良いわ」
「さようですか、安心いたしました」
顔を洗い終え部屋の中へと戻ると小彩が茶を淹れてくれた。桂花茶だろうか、金木犀の良い香りが部屋中に漂いとても気分が良い。
昨日の事をうまくごまかさないと…
「…昨日は取り乱してしまい悪かったわ。私きっとまた気を失った時に頭でも打ったのね…今はまだ混乱しているけれど、じき良くなると思うわ」
「そうですよ、この十三年間の都での出来事は私が全てお話いたしますので、安心してください」
小彩が答えた。本当は彼女には包み隠さず真実を伝えたかったが、また別の機会にと思い踏みとどまった。
「ありがとう。あなたが側にいてくれてどれだけ心強いか…でも、もう十三年の時が過ぎたのだからあなたもご家族があるのでしょう?」
この時代であればほとんどの場合十代半ばで嫁ぐはず…もう私の世話をしてもらう訳にもいかない…
「実はそれが…そのぉ…」
小彩は少し顔を赤らめると何ともバツが悪そうにうつむいた。
「…お恥ずかしながら実は未だに…誰にも嫁いでおりません」
小彩は指で頬をかきながら、苦笑いをした。
「えっ?なぜなの?あなたのように器量よしなら沢山の結婚の申し出があったはずでしょ?」
「はい…良い縁談話を幾度か頂いたのですが…身勝手ながら私の心が動かなかったのです」
小彩はそう言うと手を胸に当てため息をついた。この時代、宮中で働く采女以外のいかなる女性も嫁ぐものだと思っていたのでこの報告にはかなり驚いた。
もしかしたらと思い、尋ねてみた。
「誰か他にお慕いしている方がいるの?」
「そ、そ、そのような方はおりません…」
と慌てて手を横に振り否定したが、目をパチパチさせながら顔がほんのりと赤く染まったのを見逃さなかった。そうよね、好きな人の一人や二人くらいいるに決まってる…
「でも、一人では生活が苦しいのでは?この先心配だわ…」
私が母親のようにため息まじりに言うと、
「失礼を承知で申し上げますが…燈花様もまだお一人なのでは…?」
と即座に言い返し、いたずらそうに目を細め私の顔をジッと見た。
「あぁ!そうだった!」
すっかり自分の事を棚に上げ忘れていた…
でも…すぐに山代王の顔が浮かんだ。
「燈花様にまたお仕え出来ますし、私はとても幸せです」
「ありがとう、私も嬉しいわ」
実は小彩が一人だと聞き内心ほっとした気持ちもあった。この先もし壮絶な人生が待っていたらとても彼女の助けなしでは生きていけない。
「それにしても燈花様は十三年前とあまり変わらないのでございますね、誠に不思議でございます。東国には不老不死の妙薬でもあるのでございますか?」
「そ、そんなものはないわよ、私だって年を取ったわ…」
「全然そのようには見えません、とってもお美しいです」
確かに今朝、元の自分の顔に戻ったのを確認したが、もともと老け顔のせいか少女時代も今現在もあまり変わっていない…皆がすぐに認識するわけだ。