千燈花〜ETERNAL LOVE〜
小彩はすっかり冷めたお茶を一気に飲み干すと話を続けた。
「実は数年前にも大伴家のご令嬢である白蘭さまを側室として娶っておいでです。両家とも古くからの名家ですので、財力名声共に申し分ありません。今や飛ぶ鳥も落とす勢いで山代王様の朝廷での権力は絶大です。しかし…」
急に小彩は顔色を変えると、そのまま黙ってしまった。
「…そう、もう立ち直って何年にもなるのね。今は立派な家庭もおもちのようだし、朝廷の重鎮で権力者でもある。十三年前の出来事は仕方なかった事だけど、今となっては私が入る余地はなさそうね。それに、どんな顔をしてお会いすれば良いかもわからないし…明日は茅渟王と王妃様にご挨拶とお詫びを申し上げにゆくわ」
「えっ?燈花様?ま、まさか大王様の事もご存知ないのですか?」
小彩は驚いた表情をして顔をこわばらせた。
「茅渟王様がどうかされたの?」
「燈花様が東国にお帰りになった数年後にお亡くなりになられました…」
「えっ?…そんなわけ…十分に若かったじゃない!何故なの?」
「私も詳しくは存じ上げませんが急な病で突然亡くなられたのです。ただ一つ気になる噂がありまして…あくまでも噂なのですが…」
小彩は少しためらった後、両手で口を囲み小声で言った。
「…何者かに毒を盛られ殺害されたかもしれないと…」
「えっ?殺された…?」
「真偽のほどはわかりませんが、都では長い間その噂が流れておりました」
「そんな…」
茅渟王との出会いから冬の行幸先での出来事などが鮮明によみがえった。別れの挨拶もお礼も言えなかった…涙が溢れ頬を伝った。
「しばらく山代王様も悲しみに打ちひしがれておいででした。あれほど仲の良いご兄弟でございましたので…。その後、急に山代王様のお人柄が変わられたのです…なんというか…申し上げにくいのですが…権力と武力を執拗に求めるようになり…以前とは別人のようです。きっと何かご事情があるのでしょうけど、昔のあのあどけない温厚な山代王様はもう見られないかと…」
「…そう」
とても気が動転していたが静かに頷いた。
「今は橘宮の使用人達に、燈花様のお戻りを内密にするように口封じしておりますが、都は狭く宮に出入りする行商達も多いので、燈花様の都へのお戻りが知れ渡るのも時間の問題かと…。どういたしましょう…」
小彩困惑気味に言った。
「そうね…とりあえず成り行きに身を任せるわ。縁があれば山代王様とも再びお会いすることになるはず…」
時間も忘れ長く話し込んでいたせいか気づいた時にはもう陽はだいぶ西に傾き空は薄暗かった。
「燈花様、春になったとはいえ夕暮れ時はまだまだ冷えこみます、そろそろ部屋に戻りましょう」
「そうね、…もう少ししたら戻るわ。先に行っててくれる?」
「承知しました、竈に薪をくべておきます」
「ありがとう…」
ひんやりとした春の風が吹き始め、どこからともなく桜の花びらが飛んできた。
「中宮様と共にこの桜を愛でたかったわ…」
手のひらを上に向けすくおうとした花びらが、指の間をスルスルとすり落ちた。
この時代に留まっているのには、やはり何か大きな意味がある…中宮様の想いを果たす為にもこの飛鳥の地を去る事はできない…覚悟を決めないと…
胸がザワザワと騒めいたが、不安を打ち消すように目をつむると、首にかけてある翡翠の指輪をぎゅっと握りしめた。
山代王様…
「実は数年前にも大伴家のご令嬢である白蘭さまを側室として娶っておいでです。両家とも古くからの名家ですので、財力名声共に申し分ありません。今や飛ぶ鳥も落とす勢いで山代王様の朝廷での権力は絶大です。しかし…」
急に小彩は顔色を変えると、そのまま黙ってしまった。
「…そう、もう立ち直って何年にもなるのね。今は立派な家庭もおもちのようだし、朝廷の重鎮で権力者でもある。十三年前の出来事は仕方なかった事だけど、今となっては私が入る余地はなさそうね。それに、どんな顔をしてお会いすれば良いかもわからないし…明日は茅渟王と王妃様にご挨拶とお詫びを申し上げにゆくわ」
「えっ?燈花様?ま、まさか大王様の事もご存知ないのですか?」
小彩は驚いた表情をして顔をこわばらせた。
「茅渟王様がどうかされたの?」
「燈花様が東国にお帰りになった数年後にお亡くなりになられました…」
「えっ?…そんなわけ…十分に若かったじゃない!何故なの?」
「私も詳しくは存じ上げませんが急な病で突然亡くなられたのです。ただ一つ気になる噂がありまして…あくまでも噂なのですが…」
小彩は少しためらった後、両手で口を囲み小声で言った。
「…何者かに毒を盛られ殺害されたかもしれないと…」
「えっ?殺された…?」
「真偽のほどはわかりませんが、都では長い間その噂が流れておりました」
「そんな…」
茅渟王との出会いから冬の行幸先での出来事などが鮮明によみがえった。別れの挨拶もお礼も言えなかった…涙が溢れ頬を伝った。
「しばらく山代王様も悲しみに打ちひしがれておいででした。あれほど仲の良いご兄弟でございましたので…。その後、急に山代王様のお人柄が変わられたのです…なんというか…申し上げにくいのですが…権力と武力を執拗に求めるようになり…以前とは別人のようです。きっと何かご事情があるのでしょうけど、昔のあのあどけない温厚な山代王様はもう見られないかと…」
「…そう」
とても気が動転していたが静かに頷いた。
「今は橘宮の使用人達に、燈花様のお戻りを内密にするように口封じしておりますが、都は狭く宮に出入りする行商達も多いので、燈花様の都へのお戻りが知れ渡るのも時間の問題かと…。どういたしましょう…」
小彩困惑気味に言った。
「そうね…とりあえず成り行きに身を任せるわ。縁があれば山代王様とも再びお会いすることになるはず…」
時間も忘れ長く話し込んでいたせいか気づいた時にはもう陽はだいぶ西に傾き空は薄暗かった。
「燈花様、春になったとはいえ夕暮れ時はまだまだ冷えこみます、そろそろ部屋に戻りましょう」
「そうね、…もう少ししたら戻るわ。先に行っててくれる?」
「承知しました、竈に薪をくべておきます」
「ありがとう…」
ひんやりとした春の風が吹き始め、どこからともなく桜の花びらが飛んできた。
「中宮様と共にこの桜を愛でたかったわ…」
手のひらを上に向けすくおうとした花びらが、指の間をスルスルとすり落ちた。
この時代に留まっているのには、やはり何か大きな意味がある…中宮様の想いを果たす為にもこの飛鳥の地を去る事はできない…覚悟を決めないと…
胸がザワザワと騒めいたが、不安を打ち消すように目をつむると、首にかけてある翡翠の指輪をぎゅっと握りしめた。
山代王様…