千燈花〜ETERNAL LOVE〜
山代王邸では


 「冬韻(とういん)様、お出かけでございますか?」

 一番若い臣下の男が尋ねた。

 「あぁ、水派宮(みまたのみや)に行ってくる、留守を頼むぞ」

 「承知いたしました。ちょうど今、薬草庫のものが先日頼まれていた薬草を持ってきましたが中身を確認されますか」

 「もう用意できたのか?良かった。すぐに確認しよう」

 二人は急ぎ足で門へと向かった。門の前で待っていた男が深々とお辞儀をして言った。

 「冬韻(とういん)様、先日要望されました薬草をお持ちしましたのでご確認下さい。いやぁ、入手するのに少々手惑いました。なんせ大唐からしか手に入らぬ貴重な薬ですので…」

 男は白い包み紙を冬韻(とういん)に手渡した。

 「せかしてすまない、白蘭(はくらん)様の体調が優れぬのだ。この薬で落ち着くと良いのだが…」

 「冬韻(とういん)様、この薬は数種の生薬から出来ており滋養強壮が強く良い薬ですが、その…一般的には身重の女人に処方されるものでして…」

 男が心配げにうかがった。少し間を置いた後冬韻(とういん)が言った。

 「そうなのだ、白蘭(はくらん)様がご懐妊だ。初めての懐妊とあり、つわりが重く身動きひとつ出来ぬ。まだ安定しておらぬ為、周りには秘密にしてくれ」

 「さようでございましたか、まずはお祝いを申し上げます。しかしご体調を聞くと不安ですね。今後なにかあれば、すぐにお呼び下さい」

 「ありがとう、助かるぞ」

 「あっ、それとこれは、嶋宮(しまのみや)より預かりました酒です。冬韻(とういん)様にお渡しするようにと巨勢(こせ)様より仰せつかっております」

 男は背中にかついでいた籠をおろすと、底の方から酒の入った(かめ)を取り出し蓋を開けた。ふわっと梅の香りがあたりに漂った。

 「相変わらず梅の良い香りだ、山代王様がお喜びになる。きっと林臣(りんしん)様からの差し入れであろう…」

 冬韻(とういん)(かめ)に蓋をしながら言うと、男が思い出したようにぽそりと呟いた。

 「それと…いやぁ、人違いかもなのですが…」

 薬草庫の男は顎に手をあてう~んとうなり空を見上げた。

 「どうしたのだ?」

 「実は先ほど、嶋宮(しまのみや)に寄る前に橘宮(たちばなのみや)にも寄ったのです。屋敷から誰も出てこないので、厨房に山菜を置きにいったのですが、その…そこで…」

 男が口ごもった。

 「どうしたのだ?」

 「以前中宮様にお仕えし、ご寵愛されていた女官様を見ました」

 「なに?橘宮(たちばなのみや)の女官?中宮様からのご寵愛といえば…」

 「その女官様はだいぶ前に東国に帰ったと風の噂で聞いていたので驚きました。都にお戻りになったのでしょうか?」

 「まさか燈花(とうか)様が⁈」

 「お名前までは存知ませんが、以前に何度か小墾田宮(おはりだのみや)の薬草庫でお見受けいたしました」

 (燈花(とうか)様に違いない。急ぎ確かめねば…)

 「冬韻(とういん)様?」

 「すまぬな。今話した事も白蘭(はくらん)様の懐妊の事も他言してはならぬぞ。よいな?」

 「はっ、承知いたしました」

 男が屋敷を去ると、冬韻(とういん)が臣下に向かい静かに言った。

 「この薬を侍医に渡し急ぎ白蘭(はくらん)様に処方してもらうように。私は急用ができたので出かけてくる。先ほどの会話は誰にも他言してはならぬぞ。あと、帰りが遅くなると、山代王様に伝えておくれ」

 「はいっ、でも、水派宮(みまたのみや)に行かれるのですよね?」

 「…行先変更だ」

 冬韻(とういん)はそう言うと馬の手綱を引き寄せひらりと背に乗り屋敷を後にした。
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