千燈花〜ETERNAL LOVE〜
  ダメだ…立っていられない…。

 その場でしゃがみこんだ。覚悟もしていたはずなのに、こんなに胸が痛むとは…ちょうど遠くに六鯨(むげ)が歩いているのが見え必死で名前を呼んだ。

 「燈花(とうか)様、お呼びですか?あれっ、冬韻(とういん)様はもうお帰りになられたのですか?」

 「六鯨(むげ)お酒はある?」

 「えぇ、でも誰が飲むのですか?まさか燈花(とうか)様が飲まれるのですか?お酒は飲めないではありませんか?」

 六鯨(むげ)が目を丸くしながら言った。

 「お願い、なんでもいいから持ってきて頂戴。どうしても飲みたい気分なのよ」

 「そ、そうですか。ではすぐにお持ちいたします」

 ふらふらと部屋に戻り寝台に倒れ込んだ。すぐに六鯨(むげ)が酒を持ってきてくれた。本当に酒には弱いがとにかく全てを忘れて飲みたい気分だった。私も安上がりな女だ。飲み始めてすぐに記憶が飛んだ…。

 「六鯨(むげ)もうないわよ~もっと持ってきて頂戴!!」

 「燈花(とうか)様、あまり飲まれるとお体に障ります…もうこの辺でおやめになっては…」

 六鯨(むげ)は私を止めようと必死だが、今日は好きなようにすると決めていた。

 「いいから、今日だけはどうしても飲みたいのよ、あと少しだけ…あと少し」

 「では、あとほんの少しだけ持ってまいります」

 六鯨(むげ)が部屋の外でなにやら大声で叫んでいる。

 「小帆(こほ)小帆(こほ)はいるか!」

 小帆(こほ)があわてて裏の厨房から飛んできた。

 「六鯨(むげ)様、どうされたのですか?なんだか、お酒の匂いがプンプンしますが…」

 小帆(こほ)が袖で鼻を押えた。

 「わしが飲んでいるわけではないのだ。所で小彩(こさ)はどこにいる?いつ戻ってくるのだ?」

 六鯨(むげ)が切羽詰まった様子で言った。

 「確か、小彩(こさ)様は、百済大寺に行かれているはず…もう夕刻なのでそろそろお戻りになる時間だと思いますが…」

 「そうか、困ったことになってしまった。いやはや、どうしたものか…そうだ、小帆(こほ)これを燈花(とうか)様にお出ししておいておくれ」

 六鯨(むげ)は小さな酒の瓶を小帆(こほ)に手渡した。

 「お酒ですか⁈」

 「酒の入れ物だが中は水だ、事情はわからぬが飲み過ぎていらっしゃる。もう十分に酔っておられるから水でも気が付かないだろう…」

 「はぁ…」

 小帆(こほ)も呆れたようにため息をついた。

 「私は急いで小彩(こさ)を迎えに行くからそれまで燈花(とうか)様を頼んだぞ」

 「はい、承知しました」

 小帆(こほ)が答えると、六鯨(むげ)はあ~困ったという具合に頭をぼりぼりとかきながら馬小屋へと向かった。

 「燈花(とうか)様~お酒をお持ちいたしました。中に入ってもよろしいですか?」

 小帆(こほ)がガタガタと戸を開けだが部屋の中はガランとして誰も居ない。

 「どうしよう、燈花(とうか)様がいらっしゃらない!燈花(とうか)様!燈花(とうか)様!」

 小帆(こほ)は部屋を飛び出し屋敷中を駆け回り大声で叫んだか、春の風がその声を全て打ち消した。



 夕暮れの中、どこに行くわけでもなくふらふらと飛鳥川沿いを歩いていた。酔い覚ましに外に出たのはいいが、逆に酔いが回ったようで一向に冷めない。にしても山からの風が気持ち良い…。

 しばらく歩くと、夕暮れの空から風に運ばれた花びらがひらひらと舞い降りてきた。雪だと思い手をかざすと一枚の花びらが手のひらに落ちた。ぼやけていてよく見えない、目を凝らした。

    桜?違う…桃の花びらだ…

 そして遠くから、ボロンボロンと琴の音が聞こえてきた。以前に聞いた音色によく似ている。引き寄せられるかのように、音の方へと歩き出した。

 林の中を歩いている。琴の音がだんだんと近づくのがわかる…なんて心地の良い音色だろう…。木の根につまずきながらもなんとかバランスを取り、少し歩いた先で地べたにゴロンと寝転がった。見上げた空に濃いピンクの花が見える。風に吹かれゆらゆらと揺れている。その奥に薄っすらと三日月が見えた。
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