千燈花〜ETERNAL LOVE〜
私は小さくなる二人の後ろ姿を見ていたが、
私の中の時間は完全に止まっていた。
ちょっと待って…今、確かに少年の口から鎌足という名を聞いた…しかも二回、まさか…まさか、あの中臣鎌足だろうか…もし仮にそうだとしたら、あの少年は…皇子と言っていた…そう、思い出した、近江から来た皇子…あの少年は…中大兄皇子…後の天智天皇…しかも二人は飛鳥寺の蹴鞠会で出会っている…。
何故なのか底知れぬ恐怖に足がガクガクと震えはじめ指先が冷たくなっていくのがわかった。漠然とした不安が襲い掛かった。とても動揺している。確実に何かが動き出した気がした。
「燈花様~!」
小彩が大きく手を振りながら寺の奥から走ってきた。
「ハァハァ…燈花様、お待たせしてすみません。奥の厨房で今晩出す夕食の手伝いをしていて…燈花様?」
小彩が立ちすくむ私の顔を覗き込んだ。
「燈花様?大丈夫ですか?どうかされ…あっ、お袖に血がついております!どこか怪我をされたのですか!?」
小彩はパニックだ。
「大丈夫。大丈夫よ、怪我などしていないわ」
私は静かに答えた。
「では一体誰がお怪我を⁈」
「とにかく用が済んだのならもう宮に帰りましょう」
この寺を訪れた本来の目的の事などはすっかり忘れていた。むしろそれどころではなかった。橘宮までの帰り道、小彩にさっき起こった出来事を話した。
「皇子様がお怪我を?大丈夫でしょうか…」
小彩は驚いた後、顔をしかめながら心配そうに呟いた。
「あの子がやはり皇子なのね。でも皇子であればきっと立派な医官が付いているだろうし、大丈夫よ。あと忠実な臣下もいるようだし…」
私に難癖をつけてきた大男の事を思い出していた。やっかいな人物ではあるが皇子にとってはかけがいのない忠実な臣下なのだろう。
「か、…鎌足様の事でございますか?」
小彩が少し驚きながら言った。
「そうよ、知っているの?」
「はい…以前に何度かお会いしたことがあって…」
「そう…」
そこから、なぜか小彩が口をつぐんでしまった。私の心の中も穏やかではなかった。もし彼らが中大兄皇子と中臣鎌足だとすると645年乙巳の変で蘇我氏親子を滅ぼしている。
所説あり真偽のほどはわからないが、この大化の改新後も二人は政権を守るために多くの人物に謀反の罪をきせ殺害したとういう文書を読んだ事がある。これらの歴史の事件が現実となり目の前に突き付けられた気がして急に怖くなった。同時に底知れぬ深い穴の中に落ちていくような感覚にも襲われた。
私達は会話少なく宮への帰路を急いだ。宮に戻ってからもしばらく気が塞ぐ日々が続いた。中庭には小さな赤紫色の萩の花が咲き、いつのまにか秋を迎えていた。
私の中の時間は完全に止まっていた。
ちょっと待って…今、確かに少年の口から鎌足という名を聞いた…しかも二回、まさか…まさか、あの中臣鎌足だろうか…もし仮にそうだとしたら、あの少年は…皇子と言っていた…そう、思い出した、近江から来た皇子…あの少年は…中大兄皇子…後の天智天皇…しかも二人は飛鳥寺の蹴鞠会で出会っている…。
何故なのか底知れぬ恐怖に足がガクガクと震えはじめ指先が冷たくなっていくのがわかった。漠然とした不安が襲い掛かった。とても動揺している。確実に何かが動き出した気がした。
「燈花様~!」
小彩が大きく手を振りながら寺の奥から走ってきた。
「ハァハァ…燈花様、お待たせしてすみません。奥の厨房で今晩出す夕食の手伝いをしていて…燈花様?」
小彩が立ちすくむ私の顔を覗き込んだ。
「燈花様?大丈夫ですか?どうかされ…あっ、お袖に血がついております!どこか怪我をされたのですか!?」
小彩はパニックだ。
「大丈夫。大丈夫よ、怪我などしていないわ」
私は静かに答えた。
「では一体誰がお怪我を⁈」
「とにかく用が済んだのならもう宮に帰りましょう」
この寺を訪れた本来の目的の事などはすっかり忘れていた。むしろそれどころではなかった。橘宮までの帰り道、小彩にさっき起こった出来事を話した。
「皇子様がお怪我を?大丈夫でしょうか…」
小彩は驚いた後、顔をしかめながら心配そうに呟いた。
「あの子がやはり皇子なのね。でも皇子であればきっと立派な医官が付いているだろうし、大丈夫よ。あと忠実な臣下もいるようだし…」
私に難癖をつけてきた大男の事を思い出していた。やっかいな人物ではあるが皇子にとってはかけがいのない忠実な臣下なのだろう。
「か、…鎌足様の事でございますか?」
小彩が少し驚きながら言った。
「そうよ、知っているの?」
「はい…以前に何度かお会いしたことがあって…」
「そう…」
そこから、なぜか小彩が口をつぐんでしまった。私の心の中も穏やかではなかった。もし彼らが中大兄皇子と中臣鎌足だとすると645年乙巳の変で蘇我氏親子を滅ぼしている。
所説あり真偽のほどはわからないが、この大化の改新後も二人は政権を守るために多くの人物に謀反の罪をきせ殺害したとういう文書を読んだ事がある。これらの歴史の事件が現実となり目の前に突き付けられた気がして急に怖くなった。同時に底知れぬ深い穴の中に落ちていくような感覚にも襲われた。
私達は会話少なく宮への帰路を急いだ。宮に戻ってからもしばらく気が塞ぐ日々が続いた。中庭には小さな赤紫色の萩の花が咲き、いつのまにか秋を迎えていた。