千燈花〜ETERNAL LOVE〜
「して、そなた、飛鳥の都も久方ぶりであろう。田村皇子様にはご挨拶に行ったか?」
山代王が皇子に尋ねた。
「はい、それが都の着き次第すぐにでもご挨拶に伺いたかったのですが、体調が優れぬご様子でまだお会い出来ておりません…」
「そうか…」
「私も毎日気が気ではありませんが、近く執り行われる百済大寺での祈願祭で早期病気回復をお祈り申し上げたいと思っています」
「そうだな…」
山代王が深く頷いた。
「それと山代王様、此度都に戻ってきたのは他にも理由があるのです」
皇子が目をキラキラとさせ興奮気味に言った。
「実は、昨年大唐より戻られました南淵請安先生のもとで儒教、法家の学問を学べるようになったのです」
「さようか、そなたのような若者が学識を深めこの国の将来を担うのだな。なんとも心強い。大いに精進しなさい。なにかあれば私を頼るように」
「はい、ありがたきお言葉。王様のお心使いに感謝いたします」
皇子は深く頭を下げ礼を言った。
「では、これにて失礼いたします」
皇子が体を起こそうと床に手をついた時だ
「うっ」
皇子が左の手首を押えうずくまった。
「どうしたのだ?怪我をしているのか?」
山代王が覗き込んだ。
「はい、先日山に入った際、不注意で負ってしまったのです」
皇子は苦笑いすると衣の袖をめくり手首を押えた。手首に巻かれた手巾が山代王の目に留まった。山代王は一瞬の間をおいたあと、凍り付くような震える声で尋ねた。
「そ、その、手巾は…」
「手巾でございますか?」
皇子は少し困惑したあと、ゆっくりと手巾を外しながら言った。
「怪我はもう治ったのですが、なぜか傷口がまだうずくのです…」
山代王は皇子に近づき手巾を手に取ると、描かれた刺繍を瞬きもせずに食い入るように見つめた。
「こ、これはどうしたのだ?」
「あっ、先日、多武峰の寺にて毬を探しに藪の中に入ったのです。怪我を負った時、ちょうど居合わせた女官から手当を受けました。その手巾はその時の女官が持っていたものです。私の傷で汚れてしまいました。返さねばならぬのに…」
「多武峰?」
「はい。薬草に詳しい様子でした。すぐに傷の処置をしてくれたのです。適切な処置のおかげで軽症で済みました。どこの宮の女官かはわかりませんが、丁度その日に橘宮の女官が食材を運んできてくれたので…恐らく連れ同士だったのではないかと…」
皇子の言葉を遮るように山代王が叫んだ。
「橘宮だと⁉︎」
山代王は手巾を握りしめ青い顔をし呆然と立ちすくんだ。
(確かめねば…)
「皇子よすまぬが、急な用事が出来てしまった。見送りはできぬがかまわぬか?この手巾も預かりたい』
『は、はい。もちろんでございます…」
皇子が呆気にとられた様子できょとんと答えた。山代王のただならぬ様子に一同無言で驚いている。
「山代王様、どうされたのですか?」
手巾を握りしめたまま立ちすくむ山代王に冬韻が慌てて尋ねた。
「冬韻、至急馬の用意を」
「え?」
「すぐに馬の用意をしろ!」
山代王が声を荒げて言った。
「はっ!」
冬韻は即座に立ち上がると急ぎ足で部屋から出て行った。
「王様、もう少しで日暮れになります。明日の朝一番で出かけられた方がよいのでは…」
王妃がとっさになだめるように言いった。
「……急ぎ確かめたいのだ」
山代王はそう言うともう一度手巾に視線を落とした後、部屋から出て行った。門の外では冬韻が美しい黒馬を連れて待っていた。
「王様、急にどうされたのです?間もなく日暮れです」
「確かめたいのだ…」
そう言うと馬にひらりと飛び乗り手綱を引いた。
「どちらに向かわれるのですか?」
冬韻が走り去る山代王に向かい叫んだ。
「橘宮だ」
山代王はそう放つとかけ声と共に勢いよく馬を走らせた。
(橘宮?…まさか…)
「山代王様、お待ちください!!」
冬韻が大声で必死に叫んだがもう遅い、山代王はすでに走り去りその後ろ姿が徐々に小さくなっていくだけだった。
山代王が皇子に尋ねた。
「はい、それが都の着き次第すぐにでもご挨拶に伺いたかったのですが、体調が優れぬご様子でまだお会い出来ておりません…」
「そうか…」
「私も毎日気が気ではありませんが、近く執り行われる百済大寺での祈願祭で早期病気回復をお祈り申し上げたいと思っています」
「そうだな…」
山代王が深く頷いた。
「それと山代王様、此度都に戻ってきたのは他にも理由があるのです」
皇子が目をキラキラとさせ興奮気味に言った。
「実は、昨年大唐より戻られました南淵請安先生のもとで儒教、法家の学問を学べるようになったのです」
「さようか、そなたのような若者が学識を深めこの国の将来を担うのだな。なんとも心強い。大いに精進しなさい。なにかあれば私を頼るように」
「はい、ありがたきお言葉。王様のお心使いに感謝いたします」
皇子は深く頭を下げ礼を言った。
「では、これにて失礼いたします」
皇子が体を起こそうと床に手をついた時だ
「うっ」
皇子が左の手首を押えうずくまった。
「どうしたのだ?怪我をしているのか?」
山代王が覗き込んだ。
「はい、先日山に入った際、不注意で負ってしまったのです」
皇子は苦笑いすると衣の袖をめくり手首を押えた。手首に巻かれた手巾が山代王の目に留まった。山代王は一瞬の間をおいたあと、凍り付くような震える声で尋ねた。
「そ、その、手巾は…」
「手巾でございますか?」
皇子は少し困惑したあと、ゆっくりと手巾を外しながら言った。
「怪我はもう治ったのですが、なぜか傷口がまだうずくのです…」
山代王は皇子に近づき手巾を手に取ると、描かれた刺繍を瞬きもせずに食い入るように見つめた。
「こ、これはどうしたのだ?」
「あっ、先日、多武峰の寺にて毬を探しに藪の中に入ったのです。怪我を負った時、ちょうど居合わせた女官から手当を受けました。その手巾はその時の女官が持っていたものです。私の傷で汚れてしまいました。返さねばならぬのに…」
「多武峰?」
「はい。薬草に詳しい様子でした。すぐに傷の処置をしてくれたのです。適切な処置のおかげで軽症で済みました。どこの宮の女官かはわかりませんが、丁度その日に橘宮の女官が食材を運んできてくれたので…恐らく連れ同士だったのではないかと…」
皇子の言葉を遮るように山代王が叫んだ。
「橘宮だと⁉︎」
山代王は手巾を握りしめ青い顔をし呆然と立ちすくんだ。
(確かめねば…)
「皇子よすまぬが、急な用事が出来てしまった。見送りはできぬがかまわぬか?この手巾も預かりたい』
『は、はい。もちろんでございます…」
皇子が呆気にとられた様子できょとんと答えた。山代王のただならぬ様子に一同無言で驚いている。
「山代王様、どうされたのですか?」
手巾を握りしめたまま立ちすくむ山代王に冬韻が慌てて尋ねた。
「冬韻、至急馬の用意を」
「え?」
「すぐに馬の用意をしろ!」
山代王が声を荒げて言った。
「はっ!」
冬韻は即座に立ち上がると急ぎ足で部屋から出て行った。
「王様、もう少しで日暮れになります。明日の朝一番で出かけられた方がよいのでは…」
王妃がとっさになだめるように言いった。
「……急ぎ確かめたいのだ」
山代王はそう言うともう一度手巾に視線を落とした後、部屋から出て行った。門の外では冬韻が美しい黒馬を連れて待っていた。
「王様、急にどうされたのです?間もなく日暮れです」
「確かめたいのだ…」
そう言うと馬にひらりと飛び乗り手綱を引いた。
「どちらに向かわれるのですか?」
冬韻が走り去る山代王に向かい叫んだ。
「橘宮だ」
山代王はそう放つとかけ声と共に勢いよく馬を走らせた。
(橘宮?…まさか…)
「山代王様、お待ちください!!」
冬韻が大声で必死に叫んだがもう遅い、山代王はすでに走り去りその後ろ姿が徐々に小さくなっていくだけだった。