もう一度、君に恋する方法
1、もう一度 恋する方法
「早くしてっ」
どうしてこうも毎日同じことを言わなきゃいけないんだろう。
昨日の洗濯物の山の中から、園指定の体操服やら靴下を捜索する。
すっかりくしゃくしゃになっている。
それをしわを伸ばして何とかごまかし、人ごとに床に並べていく。
「俊介、早く着替えて。もうご飯できてるよ。颯太、テレビばっか見てないで早く動いて」
まだ眠そうに床の上をゴロゴロとしている次男と、口をぽかんと開けたままテレビに釘付けになっている長男を急かす。
聞こえているのか聞こえていないのか、どちらも動く気配はない。
「もうっ、早くしてっ。幼稚園遅れるよ」
テレビをぷつんと消すと、颯太はぎろりと私をにらみつけて立ち上がった。
「俊介、ほら、着替えるよ」
俊介のパジャマを脱がせながら、着替えの手伝いをする。
手伝いというより、ほぼ私が着せている。
「ほら、颯太はもうご飯食べてるよ。俊介も手洗って」
脱ぎ散らかされたパジャマを集めながら、私も出かける準備をする。
もちろん、洗濯物の山の中から皺くちゃになった服を探し出し、そのまま着替えていく。
洗面所で洗濯物をネットに入れて洗濯準備をしていると、「あー、ママ、俊介がまた牛乳こぼしたあ」と小さな通報者による報告が耳に飛び込んできた。
「えー、もう、俊介、いい加減にしてよ、いっつもいっつも」
小言を言いながら、例にもれず洗濯物の山の中からテキトーにタオルを引っ張り出して駆け付ける。
「上手にできないんだから、牛乳入れるときはママ呼んでっていつも言ってるじゃん」
「ごめんなさい」と言うか細い声の上から、「ほんと俊介は……」と大人顔負けの呆れ顔を作って、颯太がため息交じりに言う。
それを間髪入れず「人のことはいいのっ」と一喝。
もうここまでで、すでに昨日と同じやりとりをしている気がする。
昨日だけじゃない。
一昨日も、その前も。
「だいたいなんでテレビついてんの? ご飯食べるの遅くなるから、見ながら食べないでっていつも言ってるでしょ。何回言ったらわかるの? それに颯太、昨日幼稚園の帽子、元の場所になかったよ。なんでいつも決まった場所に戻さないの? 幼稚園でもそうなの? そんなんじゃねえ……」
自分の声が耳にキンキン響く。
不快だ。
そんなに怒鳴らなくてもいいってわかってる。
わかってるけど、止められない。
止めてほしいのに、誰も止めてくれない。
勢いが増して、注意が叫びに変わりかけたタイミングで、「おはよう」とのんびりとした声が、二階の吹き抜け部分から降ってきた。
そしてパタパタパタと階段を軽快に降りてくる音に変わる。
「みんなおはよう」
派手に寝癖をつけながら、片手をあげて優雅な足取りで登場するも、その挨拶に返答する人は誰もいない。
細められた目は、開いているのか開いていないのかわからない。
「ん? どうしたどうした?」
まるで今気づいたかのように、わざとらしい落ち着き払った演技をしながらこちらに近づいてくる。
「俊介がまた牛乳こぼした」
颯太がまたため息交じりに言う。
「そうかそうか、俊介、服は濡れなかったか?」
「できないくせにやるから」
「そんなこと言うなよ。俊介も自分でやりたいもんな? そういう時は、颯太も手伝ってあげるんだぞ」
そう言った後、私の顔を覗き込みながら「ここ、やっておくよ」と微笑みかける。
癪でしかないその笑みをキッとにらみつけてから、私は何も言わずにその場を立ち去った。
__ずるい。
自分のスマホの目覚ましでも起きないくせに。
私の怒鳴り声で慌てて起きたくせに。
ずっとこの場にいなかったくせに、急に現れて、丸く収めていく。
まるで自分は子供たちのよき理解者。
良い父親ぶって、いつも良いとこどり。
上手いことやる。
ほんと何なの?
ほんとイライラする。
この人は、いつもこうなのだ。
いつも私をイライラさせる。その声で、その言葉で、その存在で。
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