もう一度、君に恋する方法
2、水色の名札


「部活見学、ついてきてくれない?」

 隣の席からそう声をかけられたのは、高校に入学して一週間ほどたったころだった。私の目の前で、上目遣いと共に手を合わせてかわいらしく懇願する女子生徒、それが、優子だった。
 席が隣同士ということもあって、私たちはすぐに仲良くなった。すぐに名前で呼び合えるようになった。優子はこの頃から、おっとりとして柔らかな空気を醸し出していて、笑顔がかわいい、可憐な女の子そのものだった。制服の着崩し方もどこか品があって、まじめすぎず、でも派手過ぎない。誰とでも話やノリを合わせることができて、すぐにクラスの人気者になった。もちろん男子がそんな優子をほっとくわけがなかった。入学したばかりだというのに、同級生にはもちろん、他クラスの生徒や先輩たちもよく教室をのぞきに来ては熱い視線を送っていた。そんな天使のような優子の毒舌キャラにみんなが気づき始めるのは、私も含め、もう少し後のことだった。
 
 高校に入学して初めてできた、しかも他の生徒からも人気の高い優子の誘いを断る理由はなかった。むしろ部活見学の付き添いに自分を選んでくれるなんて、光栄だった。ついていくだけなら、別に問題ない。

「早矢香は部活、何かするの?」

 部室に向かいがてら、優子が聞いてきた。

「私は、部活とか、別にいいかな」
「え? 部活入んないの?」
「うん、入りたい部活ないし」

 チームで力を合わせたり、仲間を信じあったり励ましあったり。努力すれば実を結ぶなんて根拠のない信条に労力をつぎ込んだり肩入れしたり。そんな青春活動に、寒気を覚えた。友達付き合いは学校での集団生活に支障がない程度で良い。自由になれる放課後にまで、人間関係を持ち込む必要はない。

「えー、もったいない」
「そう?」
「だって部活に入れば恋愛対象だって広がるんだよ。教室では同級生としか出会いはないけど、部活やってれば他のクラスの人とか、先輩との出会いだってあるし、自分が先輩になれば年下彼氏もあるかもだし」

 部活動に、一体何を求めているのか。
 優子はこのころから、恋愛体質だった。

 そんなことを話しているうちにたどり着いた場所に、ちょっと面食らった。
 その場所は、校舎からはずいぶん離れた茂みの中にあった。この場所に足を運んだのは、入学して間もないHRで、担任の先生に学校案内された時以来だ。
 円形状の三階建ての建物は屋根がとんがっていて、下から仰ぎ見ると、まるで鉛筆かペンシルロケットのような出で立ちだった。そこに入っていくのは、がたいがよく、いかにも腕っぷしの強そうな強面の生徒ばかりだった。それもそのはず、ここは、「武道場」と呼ばれる場所だからだ。この建物は、一階に柔道場、二階に空手道場、三階に剣道場と、まさに武道を志す者たちが集う場所となっていた。

 このふわふわとして、武術なんて言葉が全く似合わない優子が、この道場で何かしらの部活に入るなんて想像もつかなかった。次々と武道場に入っていく生徒たちを草陰から観察しながら、私もごくりとつばをひとつ飲んだ。
 だけど優子は躊躇うことなくすたすたと武道場の入り口に歩いていって、その勢いで扉を開けようとした。だけどその扉を引く前に、ぽつりと一言言った。

「私、ずっと憧れてたんだよね」
「え?」
「なんかさ……、楽器男子って、萌えない?」
「……がっき……?」

 呆然とする私をよそに、優子が大きく息を吸って、その扉をばっと引いた。その瞬間、中からものすごい風圧が私たちを襲った。それは、重厚で煌びやかな、音の圧だった。目を見張ると同時に「はっ……」と吸った息は、そのまま戻ってこなかった。
 
 その場で立ち尽くす私たちの体を、色とりどりの音色が、まるで歓迎するように包み込んでいった。


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