もう一度、君に恋する方法
入ってすぐの広い玄関ホールには、各学年のカラーがつま先に色付けされた上履きが脱ぎ散らかされていた。設置された下駄箱には、もうすでにたくさんの上履きが収まっていて、そこに入りきらなかった上履きが散乱している状態だった。その上履きを何とかまたぎながら、優子は軽やかな足取りで玄関ホールに着地した。そして辺りをきょろきょろしながら武道場の奥に足を進めていく。そんな優子に声をかけないわけにはいかなかった。
「ねえ、優子。優子が入りたい部活って……」
「吹奏楽部だよ」
「すいそう、がくぶ……」
胸のあたりがドクドクと騒がしくなった。胸騒ぎが止まらなかった。
玄関ホールに入ってすぐのところに置かれたホワイトボードに目がいった。そこには、一週間の部室の割り当てが書かれていた。そして武道を代表する部活の名前と共に、確かに「吹奏楽部」の名前が連なっていた。
それによると、曜日ごとに各部が交代で部屋を使っているようで、吹奏楽部もその一つだった。その割り当ては、月、水、土が一階の柔道場、火、木が二階の空手道場、そして金曜日が三階の剣道場。それらの部屋には「合奏」と書かれている。そして一週間を通して、「廊下および通路」、そしていくつかの「会議室」が、個人やパートごとの練習場所となっているようだ。
今日は木曜日で、一階の柔道場が合奏部屋となっているらしく、少し開いた扉から音が漏れ聞こえていた。通路の隅にも鞄や楽器ケースが、蓋が開いたまま置かれていて、地べたに座って音出しをしている人も何人かいた。
「あれ? もしかして、立花さん?」
その声に、名前を呼ばれた優子だけでなく、私まで振り返った。
金管楽器を持った男子生徒が、私たちに近づいてきた。その雰囲気は、どう見ても先輩だった。
「もしかして、部活見学に来てくれたの?」
「そうでーす」と、優子は幼げに言った。初めて話す人ともこうしてすぐに馴染めるのだから、優子は本当にすごいと思う。
「すっげー嬉しいんだけど、同じ部活とか。希望のパートは?」
「フルートでーす」
「似合うー。ちなみに俺はトランペットパートの河瀬でーす。3年でーす。よろしくー」
着崩した学ランに、思いっきり遊ばせた髪。いかにも軽そうな河瀬と名乗る先輩は、「こっちこっち」とハイテンションで優子の背中を押していった。連れていかれる優子をどこか心配しながらも、私はこのままさりげないフェードアウトを試みた。
「あれ? 早矢香、帰っちゃうの?」
すぐバレた。
「ごめん」
私はしかめっ面の前で手を合わせて優子に謝った。優子のようにかわいくはできていないと思うけど。
「そっか、残念。同じ部活に入れたらよかったのにな」
その気持ちは、こちらとしても無下にしたくない。だけど、他の部活ならまだしも、吹奏楽部だけは勘弁願いたい。
「じゃあね」と踵を返してそそくさと帰ろうとする私の耳に、まるで何かの歌を口ずさむような優子の声が聞こえた。
「早矢香の恋も、始まると思ったのにな」
振り返って目が合うと、優子はにっと歯を見せて悪戯っぽく笑った。そんな仕草のいちいちがかわいくてうらやましいと素直に思う反面、「何言ってんだ、この子は」と呆れもした。
「えー、お友達は帰っちゃうの?」
残念そうな河瀬先輩の声から逃げるように、私は玄関ホールに向かった。