もう一度、君に恋する方法
「柏木さんって、いいとこのお嬢さん?」
武道場を出て開口一番、水野先輩は私にそう聞いた。
「なんですか? 急に」
「靴そろえてたから」
それだけでいいとこのお嬢さんって、この人の「いいとこのお嬢さん」のイメージって一体何なんだろうと首を傾げながら答えた。
「昔の、癖です」
「クセ?」
「中学の時の部活が、そういう礼儀やら規律やらにうるさくて」
「へえ、結構厳しい部活だったんだ。体育会系? ……ああ、だからここ来たんだ。どの部も礼儀とか規律に厳しそう。剣道? いや、意外と柔道とか……?」
「違います」
私はぼそりと答えた。小さな声だったのに、先輩はきっちりとその声をすくいあげてくれたようで、何やら期待に満ちた眼差しを私に向けた。
「え? じゃあ……」
「吹奏楽部です」
私の中学は、吹奏楽の強豪校だった。全国大会の常連校で、吹奏楽部の世界ではかなり有名だった。全国に行くくらいだから、学校からも地域からの期待も大きかった。
礼儀や規律を重んじて、練習も厳しかった。朝から筋トレ、放課後も筋トレ。完全年功序列制。どんなに遠くにいても、先輩を見かけたら挨拶。身だしなみも、下級生に対しては特に厳しかった。部室内清掃も、下級生の仕事だった。文化系の部活とはいえ、本当に一昔前の体育会系の部活に近かった。
「へえ、さすが強い学校は違うなあ」
私の話を聞いて、先輩はのん気にそう言った。
「じゃあ、柏木さんも楽器上手いんだ」
その質問には首をひねった。
「どうですかね。ソロコンには出ましたけど、コンクールの舞台に立ったことは一度もありません」
そう言った後、思わず顔をしかめた。これも、クセなのだろうか。先輩はそんな私に気づかず、相変わらず明るく言った。
「元吹奏楽部で、しかも全国大会の常連校出身なんて、心強いなあ」
「入るなんて言ってませんよ。余計な期待はしないでください」
「ちなみに、楽器は何?」
「……クラリネットです」
「なんだ、そうなんだ。じゃあ入りなよ、うちの部。大歓迎だよ」
「だから入りませんって」
「なんで? 楽器もできるし、音楽も好きなんでしょ?」
その問いに、思わず顔がゆがんだ。そして、苦々しく答えた。
「私はもう、楽器は吹けません」
「え?」
「音楽なんて、大嫌いです」