もう一度、君に恋する方法
お盆休みを挟んで練習が再開した。
久しぶりに向かう武道場への足取りは、かなり重かった。だけど気を取り直して、私は勢いよく武道場の扉を押し開けた。
「良かったあ、早矢香。ちゃんと練習出てこれて」
扉を開けた瞬間、その声に迎えられた。心配そうな顔で、優子が迫ってきた。
「そりゃあ練習日だもん、出てくるよ」
「あんな、公開失恋の直後だって言うのに、真面目か」
「あーもう、言うなー」
私は目も耳をふさいで顔を覆った。
一体誰のせいだと思っているんだ。せっかく気を取り直してやってきたのに、また気持ちが戻っていく。
だけど妙だと思った。
確かに私は公開失恋と言っても言い過ぎではない振られ方をした。だけど、あの場にいたのはほんの数名だ。先輩の声があの居酒屋に轟いているとも思えない。それなのに、顧問の先生も含め、私とすれ違う人全員が、私を憐れむような目で見るのだ。その空気に、戸惑わずにいられないかった。
その原因は、その声ですぐに分かった。
「さやちゃーん、よかったあ。もう部活辞めちゃうんじゃないかって心配したんだよ」
「か、河瀬先輩。引退したんじゃなかったんですか?」
「心配で見に来たんだよ。俺の責任だし。みんなでさやちゃんの慰め会しようって。なあ?」
先輩がお得意の同意をみんなに求める。みんなも切なげな表情でそれに応える。
__この人は、また余計なことを。
「あの後浩介にめっちゃ叱られてさあ。もうぼっこぼっこにされたよ」
「水野先輩がぼっこぼこになんてするわけないじゃないですか。大袈裟です」
優子が河瀬先輩を遠慮なくたしなめる。それでも先輩は、悲壮感溢れる声で続ける。
「あいつの本性、ほんとに怖いんだから。さやちゃんだってさ、ひどいフラれ方したじゃん? 「付き合うとか無理でしょ」、なんてさ」
水野先輩の声色を真似た河瀬先輩の下手くそなモノマネであっても、思い出を直に掘り返されて、おでこをピストルで撃ちぬかれたように私はひるんだ。
確かに、先輩がそんな風にふるとは思わなかった。ふるにしても先輩のことだから、もっとやんわりと遠回しに言ってくれると思っていた。
「もう少し言い方あるだろって、俺もあいつを叱っておいたよ」
この人の慰めも優しさも、もう余計なお世話にしか聞こえてこないのだから不思議だ。
「まああいつ、誰にでも優しいからさ、いつも勘違いされちゃうんだよね。よく告られてるじゃん? あいつは普通なんだけどさ、その思わせぶりな言動に勘違いしちゃう女の子って多いんだよねー。だいたいさ、同じ優しい男でも俺の方がルックスいいのにさ、なんで浩介かなあって、いつも疑問なんだよね。女の子は見る目ないよなあ」
つまりそれが、私ということか。思わせぶりな言動に、勘違いしちゃう女の子、とは。
__はあ、私、アホだなあ。
わかっていたのに。先輩は誰にでも優しいことなんて。
なに勘違いしてたんだろう。なに期待してたんだろう。
どうしてほんの少しでも思ってしまったんだろう。先輩も、私のことが好きかも、なんて。
ふっと思わず鼻で笑ってしまった。片方の唇の端だけ、いびつに動いた。
そんな私の傍らを、広瀬先輩が首根っこを掴まれて引きずられていく。しばらくして、「さやちゃーん、ごめーん」という涙声が、武道場の奥の、さらに奥の方から聞こえてくる。
河瀬先輩が、優子を筆頭とする女子たちにぼっこぼこにされたのは、言うまでもない。