もう一度、君に恋する方法
浩介が昨日のうちに用意しておいてくれたコンビニのおにぎりを、朝ごはんに食べた。
「今日も暑くなりそうだね」
浩介が窓の外を見てそう言ったきり、私たちは何も話さず、ただ黙々とおにぎりを食べた。
私はずっと下を向いていた。おにぎりを見ていたわけじゃない。不必要に顔を上げて浩介と目が合ってしまうのを避けたかった。
殺風景な部屋の中で、おにぎりに巻いた海苔のパリパリっという乾いた音だけが、空しく響いた。
浩介が出て行ってしばらく泣いた後、私は浩介が買ってきてくれた下着に着替えた。
生理用の下着に取り換えたというだけで安心感は比べ物にならなかった。
その安心感と泣き疲れで急速に眠気が襲ってきて、布団の上にゴロンと寝ころんだことまでは覚えている。
次に目が覚めたのは、スマホが近くになかったから時間はわからなかったけど、闇の深い夜中だった。
私の体には布団がかけられていて、浩介は、肘枕を作ってこちらに背中を向けて床で寝ていた。
「ありがとう」と「ごめんね」を言う理由ばかりが増えて、だけどそのどちらも言えないまま、時間が過ぎていく。
それからは、寝たのか寝ていないのか、もうよくわからなかった。
まだ眠気はあったので目を閉じた。だけど、目を閉じたからと言って眠れるわけではなかった。
起きてても横になっても、頭がズドンズドンと鈍く疼いた。瞳と瞼の裏が乾いて上手くかみ合わなかった。瞼が重く、鏡を見なくても腫れているのだと分かった。
そんな症状に苛まれて、眠れない。下半身が気になって思うように寝返りも打てない。
床で眠る浩介の背中が目に入るたびに、手を伸ばしたくなった。起こしたかったんじゃない。伝えたかっただけ。
「ありがとう」と「ごめんね」を。
それができたら、いくらか眠れたのかもしれない。
朝食を終えて、出発の準備をしようと荷物に手をかけようとした時、その傍らにきちんとたたまれた衣類を見つけた。
私はそれらをこっそりと広げてみた。
ズボンに靴下に、下着。
血の跡が、なくなっている。
うっすらとその痕跡はあるものの、ほとんど見えない。
下着の方は、さすがに元の色は取り戻していないものの、私がお風呂場で洗った時よりも、はるかに血の色が薄くなっている。そして、乾いている。
私は目の端だけで浩介の姿をとらえた。そしてそっと、心の中でつぶやいた。
__ごめんね。ありがとう。
たったそれだけの言葉なのに。
心の中ではいくらでも言えるくせに、口に出して言うとなると、どうしてこうも難しくなるんだろう。
いつも言うタイミングは見計らっている。だけど、そのタイミングはいつまでたっても来ない。いや違う。言うタイミングなんて、いつだって「今」なんだ。
口元がむずむずと動くと同時に、眉間に勝手に皺が寄る。私は手にした衣類にもう一度視線を落とした。
__ありがとう。ごめんね。
服に言ったって、しょうがないのに。伝えるべき相手は、すぐそこで忘れ物チェックに余念がない。
指先にぎゅっと力をこめると、服にシワが寄った。手を緩めると、シワがくっきりと残る。そのシワを、指先でそっと撫でて伸ばした。