もう一度、君に恋する方法


__「浩介の両親、離婚することになってさ……」


 バスに揺られながら河瀬先輩の話を頭の中で何度も反芻させた。

 浩介の両親が離婚することになった。それを機に実家も売り払うことになった。そのため実家にあった浩介の荷物を整理することになった。すべて処分するつもりだけど、一人ではどうしようもないくらいの物がある。故に、河瀬先輩が呼ばれたそうだ。

「全部処分するんだって。欲しいものがあったら持ってってもいいからって」

 浩介の部屋。見たことはないけど、なんとなく想像はついた。

 河瀬先輩は話を続けた。

「それにしても驚いたよ。俺、浩介の家に何回か遊びに行ったことあったけど、仲良し家族って感じでさ。両親も仲良さそうだし、姉ちゃん美人だし」

 浩介の家族構成は、浩介と話す中で何となく知っていた。実際会ったことのない私でも、その仲の良さは浩介の話でよく伝わってきた。浩介が家族を大切にし、家族のことが好きだということも。
 家族の話をする浩介の顔は、いつだって幸せに満ち溢れていたから。

「あいつ、平気そうな様子だったけど、ほんとは相当ショックなんじゃないかな? だって、超仲良しファミリーだったよ、あいつん家」

 河瀬先輩は軽い調子で言うけど、その顔には心配の色が濃く浮かんでいた。そして私の方を見て、なぜか安心したように言った。

「さやちゃんがいるなら、俺は必要ないな」
「え?」
「俺がそばにいるより、さやちゃんが行ってあげた方がよくない?」

 正直、今はそうとも思えなかった。
 私たちの現状を、恐らく浩介から聞かされていないのだろう。うつむく私をよそに、先輩は浩介の実家の行き方を説明し始めた。そこで私は、ごく自然にバス停を指し示す河瀬先輩に詰め寄った。

「ちょっと待ってください。どうしてバスに乗る必要があるんですか? 水野先輩の家って、私と同じ方角ですよね? いつも一緒に帰ってたし。うちの前、通り道だって……」

 そう言って問い詰める私に、河瀬先輩はまた「やべっ」と口元を抑えた。


 先輩は、浩介の実家の場所と共に、すべての真相を教えてくれた。
 あの頃、私と帰りたいがために、浩介は学校近くの自転車屋で自転車を買って、私を家まで送り届けた後、この駅にUターンし、駅の駐輪場に自転車を止めてバスで帰っていたことを。

__「俺も、家、こっち方面だから」

 あの時、水野先輩は確かにそう言った。
 車窓を流れていく風景に、その時の笑顔が重なる。
 きゅっと唇を噛んだ。胸が苦しい。涙がじわじわと視界をかすめさせる。

 バスに二十分ほど揺られて、河瀬先輩に教えられたバス停に着いた。バスのステップを降りて、バス停にたたずむ人を見て、はっとなった。

「浩介」

 吐息と共に、名前が零れ落ちた。
 バスが去り、その音が遠ざかって消えてしまってから、浩介はぼそぼそと早口で言った。

「河瀬から、連絡来た。家まで送る」

 それだけ言って、浩介は反対側のバス停に歩き出そうとした。

「待って」

 私は咄嗟に浩介の腕をとった。だけど、何と声をかけていいのかわからなかった。それでも、この腕をもう離したくなくて、声を振り絞った。

「話、しようよ」
「俺と、何を話すの? 河瀬から話は聞いたんだろ? 話すことなんて何も……」
「私は、浩介と話がしたいの」

 浩介の声を遮って、震える声を振り絞った。

「話したくないことは話さなくていいから。それでいいから……」

 そして私は、無理やり笑顔を作った。

「私、内定もらえたんだよ。すごいでしょ?」

 ちゃんと、笑えてたかな。
 この笑顔は、浩介の心の靄を、晴らしてくれるのだろうか。
 だけど浩介は、私の顔なんて見ていなかった。ただ前を向いていた。だから、どんな表情をしているのかわからなかった。
 しばらくすると、その肩が、あきらめたようにがくっと下がった。

「お腹、空いてない?」
「え?」

 それだけ言って、浩介は歩き始めた。浩介の腕を抑えつけていた私の手が、はらりと落ちた。


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