もう一度、君に恋する方法

 お互いの空腹が限界に達していることを音で確認しあった私たちは、次に目に入った飲食店に入ろうと決めて、手をつないで、歩き出した。そしてそこが、ファミレスだったというだけだ。

 ファミレスでは今まで注文したことないような、少し豪華なメニューを、少し多めに注文した。
 料理が来るまでの間、ドリンクバーで好きな飲み物をとってきた。
 私が座ると、浩介はグラスを近づけてきた。私は思わず笑ってしまった。

「何に乾杯?」
「もちろん、早矢香の内定だよ」

「ああ」と返事はしたものの、胸中は複雑だった。
 この流れだと、私は来年の春にはその会社に就職ということになる。その会社で、果たして自己分析後の自己分析で見つけた「やり甲斐」以上のやり甲斐を見つけられるのだろうか。

「ねえ浩介。働くって、どんな感じ?」
「ん?」

 浩介はストローをくわえながら、意外そうな顔で私を見た。
「うーん」と言いながらごくりと飲み物を喉の奥に流し込んで、ゆっくり話し始めた。

「まあ、大変?」
「私が聞いてるんだけど」
「大変だけど、楽しいこともあるよ。失敗するとかなり落ち込むし、ほめられると嬉しいし」
「それって普通じゃない?」

「ははっ」と笑って浩介はまたストローに口を持っていく。たったそれだけの仕草が、笑顔が、嬉しくてたまらない。

「浩介がどんなふうに働いてるか、一回見てみたいな」
「惚れ直しちゃうよ」

 お互いの口から笑いが漏れると、ジュースの甘ったるい匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。

「じゃあ、今から見てみる?」
「え?」

 浩介はおもむろに、テーブルの上にあった紙ナフキンを一枚取り出した。そして、そのそばにあったアンケートを書き込む用のボールペンを手に取った。

「ではお客様、どういったお家がご希望ですか?」
「え?」
「間取りとか、日当たりとか。リビングの広さとか、キッチンの雰囲気とか」
「そんな急に言われても……」
「理想の家。言ってみ」

「お城とかさ」なんて冗談も言いながら、紙ナフキンに図面のようなものを書いていく。

「え? 浩介、図面書けるの?」
「本業なんだけど」

そりゃそうだ。建築の勉強するために大学に入って、建築会社に就職したんだから。

「じゃあ、浩介が建ててくれるってこと?」

「ふふっ」と笑うだけで、明確な返事はしない。
「で?」と次を促す。

「んー……そうだな。リビングにみんなが自然と集まれる家がいいかな」
「おお、あるんじゃん、そういう理想。どんどん言って」

 浩介が紙ナフキンの中に書き足していく。

「日差しがいっぱい差し込んで、風通しもすごくよくて。キッチンは広めで、そこでおやつ作ったりたくさんおいしいもの作ったり。みんなで料理してさ」

「うんうん」と言いながら手慣れた感じで図面を引き、その傍らにメモもしていく。

「おしゃれな音楽とか流して、時々庭でご飯食べたり。日当たりのいいバルコニーか縁側がほしいな。それから、「行ってきます」で出かけて、「ただいま」って帰ってこれる家。「おかえり」って迎えられる家。「おやすみ」とか、「おはよう」とか、「ありがとう」とか。そういうあいさつであふれた家庭にしたいな」

 私が好き勝手話していくのを、浩介は楽しそうにニコニコにしながら、時々手を動かし、時々私に穏やかな微笑みを向けて、ずっと聞いている。

 二人で作った家で何がしたいのか、子供は何人欲しいか、どんな子に育てたいか、一緒にどんなことをしたいか。どんな親になりたいか。どこへ行こうか、何をしようか。
 時々脱線しながら、話は膨らんでいく。夢は膨らんでいく。新しい、私たちの未来が開けていく。

 料理が運ばれてきてからも、話は止まらなかった。

「こどもは男の子と女の子一人ずつ。お兄ちゃんと妹。強くてカッコよくて、時々意地悪だけどほんとは優しいお兄ちゃんと、守りたくなっちゃうくらいかわいい妹。子どもといっぱい遊べる広い部屋が欲しいな。家じゅうにみんなの声が響いてて、家族がいつも近くに感じられて……」

 いつしか、浩介の周りにはたくさんの紙ナフキンが広がっていた。そこに書かれていたのは、すべて私の希望だった。一枚の紙ナフキンに、文字と図がびっしりと書き込まれて、真っ白だった紙ナフキンが、真っ黒に染まっていく。

「浩介は?」
「え?」

 驚いたように浩介が顔を上げた。

「浩介は、どんな家に住みたいの?」
「おれ? 俺は……」

 浩介は散らばった紙ナフキンを一通り俯瞰してから、私の方に優しい視線を向けて言った。

「俺は、早矢香がいてくれる家がいいな」
「え?」
「あのさ早矢香、こんなこと聞くのも変なんだけど、早矢香は、就職したい?」
「え?」
「やりたいことがあるとか、目指しているものがあって、それが内定もらった会社で叶いそうだから就職するってことなら、俺は応援する。だけど、もしそうじゃなくて、とりあえず就職とか、周りに合わせてとか、人生経験でとか、あと……俺があんなこと言ったからとか、そんな理由なら、そんな時間に早矢香の人生を使うくらいなら……」

 浩介はテーブルに置いた私の手を、そっと両手で包み込んでから言った。

「俺と、一緒にいてほしい」

 浩介は口もとを緩やかにさせて、穏やかな声で言った。

「すごく勝手なこと言ってるのはわかってるんだけど、俺は、早矢香と一緒にいたい。早矢香にそばにいてほしい。こうやって一緒に将来のこと考えてたら、もっと一緒にいたくなった。もしこの前、早矢香が言ってくれた気持ちが変わってないなら……」

 浩介が一瞬口元をきゅっと結んだ。その続きを、私たちの間に流れ始める明るく希望に満ちた空気と共に、私は待った。


「俺の、お嫁さんにならない?」


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