もう一度、君に恋する方法

 結局、夏休みの間に卒業旅行に行くことはできなかった。その代わり、二月の平日に卒業旅行を決行した。
 二月は入試の関係もあり、学校がほとんど休みになる。月をまたいだことにすら気づかないまま、三月の春休みに突入していく。実質二か月の春休みが、大学生にはあるというわけだ。
 その期間に、浩介は有給休暇をとった。

「社会人はこういうこともできるんだぜ」なんて得意げに言って。

 浩介の宣言通り、豪華で、贅沢な、楽しい旅行になった。
 その旅行は、私たちの新婚旅行も兼ねていたから。

 私の卒業式後、私たちは結婚をした。
 浩介の仕事の関係もあって、地元には戻らず、このままこの土地に住みついた。
 私は専業主婦となって浩介の生活を支え、浩介は社会人三年目で、精力的に仕事をしていた。

 しばらくして颯太を妊娠した。颯太が生まれた翌年には、俊介が我が家に加わった。
 その頃から浩介の仕事はさらに忙しさを増した。
 夜遅くに帰るのは当たり前。土日よりも平日にぽつぽつと休みをとることが多かった。
 家に残された私は、一人、家事と育児に翻弄されていた。
 やってもやっても終わらない家事。家中に響く泣き声。絶えない幼い兄弟ゲンカ。
 夜はくたくたで、朝は起きられない。土日も出かけることはない。
 一度三人で出かけたけど、周りの楽しそうな家族連れの中で、自分一人だけが子供二人抱えて四苦八苦しているのが、何とも惨めに感じたからだ。
 それからは狭い家の中に閉じこもり、ただひたすら家事と育児に追われ、体力と気力を消耗する日々を送った。

 もちろん浩介が休みの日は、浩介も積極的に家事や育児をしてくれた。それでも、根っからの不器用で、かつ家事や育児に慣れていない浩介は、何をやるにも時間がかかり、失敗も多かった。それを見かねた私が結局すべてを請け負う。浩介がいてもいなくても、私の仕事は変わらない。むしろ増えるばかり。

 ただただ慌ただしく、終わりが見えない日常。
 正体不明のイライラと無気力に、翻弄される日々。
 私が描いた理想は、言うまでもなくどこにもなかった。

 何とかしたい。
 もっと優しくしたい。
 もう怒りたくない。

 それなのに、何もうまくいかない。
 改善しようと考えることが、すでに私を破壊へと導いていた。

 疲れ切った私は、いつしか笑うことができなくなった。
 倒れたまま起き上がれず、ちょっとしたことを話すことも億劫になっていた。
 子どもたちの話に、愛想笑いを向けることもできない。その健気な優しさを疎ましくさえ思った。
 そして浩介に、敵意を向けるようになった。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 卒業して、結婚しただけなのに。
 子どもを産んだだけなのに。
 子どもを育ててるだけなのに。
 ささやかな日常を、その中の幸せを、ただ願っているだけなのに。

 大好きな人は、いつの間にか、世界で一番鬱陶しい人になっていた。

 顔が見れるだけで嬉しい。目が合うだけでドキドキする。触れたい。触れてほしい。胸が苦しい。

 あの感覚は、どこへ行ってしまったんだろう。

 嵐のような日々の前に、私たちが積み重ねてきたものは脆く、儚く、こんなにも簡単に砕け散ってしまうものだったのか。
 その嵐の中で、私の恋心も、さらわれて行ってしまったのだろうか。



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