もう一度、君に恋する方法

 混み合うスーパーの総菜コーナーを歩くころには、そんな優子の話はすっかり頭の中から消えていた。

 夕飯の買い物時だからか、スーパーにはたくさんの人がいた。お総菜コーナーにも、たくさんの人が集まっていて、陳列台の前をお客さんがゆっくりと進んでいた。私もその列の中に混じった。

 明日からの夏休みに備えて、朝ごはんやら昼ご飯になるものを買い足した。午前中に済ませるつもりだったけど、しくじった。今日は最低限の荷物にしたい。子供二人連れての大荷物は困る。現に、俊介は私が引くカートに寄り添って歩くのでカートのバランスを保って歩くのが困難だし、颯太は私が歩く先で、並べられたお惣菜やお弁当をいちいち指先でチョンとつついて歩くので、そのたびに「こらっ」と小さく叱責しなければならない。何度言ってもやめず、目も離せない。

 レジにもかなり人が並んでいた。並ぶ買い物かごの中を確認しながら、早く終わりそうなレジを選んだ。
 私の目に留まったのは、若い女の子が担当するレジだった。淡々とスキャンして、かごからかごへと商品が移っていく。
回転率はかなりいいと見た。

 私の番になってかごを置いた瞬間、すっと不愛想に持っていかれた。スキャンされた品物は、乱暴に次のかごの中に放り込まれた。トマトも、牛乳もハムも、ヨーグルトも。そして、夕飯用に買ったコロッケも親子丼もかつ丼も。
 私は唖然としながらその光景を見ていた。
 トマトの上に牛乳が載せられている。ヨーグルトの上に、「揚げたて!」と書かれたコロッケの袋が載せられる。不安定な場所に、親子丼やかつ丼といった汁物系の丼が無造作に積まれていく。予想通り、時間差で倒れる。その光景に、息をのむ。

「2765円です。袋入りますか?」

 けだるい声にはっとなって、財布の中を探りながら「いえ、大丈夫です」とレジ袋を断った。

「お支払いは?」
「あの、クレジットで……」

 ポイントカードと一体化しているクレジットカードを取り出すときに、レジ付近の「ポイント5倍デー」ののぼりが視界に入った。一瞬心が浮つく。だけど次の瞬間、浮ついた心は一気に突き落とされた。

__ない。

 え? なんで? なんでないの? 

 財布の、クレジットカードをいつも入れている場所がそのままぽっかり空いていた。

__なんで? 最後に使ったのいつ? ここにちゃんと入れたよね?

 そうしている間に、冷たい視線に気づいてはっとなった。
 私の後ろには、がたいの良い工事現場のお兄さんらしき人が、ペットボトルとお弁当を抱えて立っていた。
よく焼けた浅黒い顔の中に、ぎろりと鋭い目が光った。
 その後ろにも列は連なっていて、皆身を乗り出すように私のことを見ている。
 レジの店員も、苛立った表情で私を見ていた。
 どの目も明らかに、「早くしろ」と私に訴えかけていた。その視線に耐えられず、私は震えるような声で言った。

「あ、あの……すみません、やっぱり現金で」

 かすかに舌打ちが聞こえたような気がした。店員は面倒くさそうに、レジを打ち直し、私から乱暴に現金を奪い取った。

 放心状態になりながら、とりあえずサッカー台に向かった。財布の中をもう一度くまなく探したけどやっぱり見つからなかった。そうしている間に、次から次へとレジからこちらに人が流れ込み、子連れで財布をあさる私は明らかに邪魔者だった。
とりあえず買ったものを詰めようとエコバッグを取り出そうとして、また血の気が引いていく。

__ない……。

 なんでこうなるんだろう。何も上手くいかない。家事も、育児も、何もかも。

 かごの中で傾いたお惣菜が目に入った。かつ丼のふたの上からかぶせてあったラップに汁が到達して、今にも染み出ようとしていた。


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