雨の恩返し
Ⅰ
『みふね!みふね!こっちにきれいな泉があるよ!』
『はい!今行きます!しょうた様!』
『しょうでいいって言ってるだろ』
『はい…しかし』
『早く早く!みふね!』
『は、はい!し、しょう…様!』
「ん……実船っ」
シンプルにまとめ上げられた広く白い部屋の中央の、ダブルベッドの中から、一本の腕が伸びた。
少し骨張ったその手は宙をかき、灰色のふとんの上にどさりと落ちる。
次の瞬間ガバッとふとんがはね飛ばされ、中から眉をよせた17、8の少年が現れた。
少年は茶色の繊細な髪を額からはらうと、ベッドの横に置いてある呼び鈴を鳴らし、ベッドから降りた。
そして黒いカーテンをシャッとあける。
「……今日も雨か」
少年がそう呟くと部屋の扉が静かに開いた。
そして外から燕尾服を着た執事が入ってくる。
「お早う御座います、祥様。」
「祥と呼ぶな。」
「失礼致しました。祥汰様。本日の朝食は……」
「和食だ」
祥汰と呼ばれた少年がそう言うと、燕尾服の若い執事はサッと眉をよせた。
「祥汰様。また実船様の夢を?」
佐々祥汰(さつさ)は執事を無視し、黒光りしたクローゼットの中からしわ一つないYシャツを取り出して着替え始めた。
細身ながら鍛えられたその体をシャツの中に納めると、祥汰は切れ長の鋭い目を執事に向けた。
「今日の予定は。」
「午後六時よりお父上の章吾様と合同で池田様と面会。以上で御座います。」
少し激しくなった雨音にかき消されそうな声で執事が言うと、祥汰はベッドのサイドテーブルに目を落とした。
「……そうか、じゃあ勉強でもするか。」
「何の教師をお付け致しましょうか。」
「いや、結構。」
祥汰は片手で執事の言葉を制し、木枠の窓に映る曇った空を見上げ、ぽつりと言った。
「今日は一人にしておいてほしい。」