それは過剰で艶やかで 【完】
「少しくらいはお腹に入れないとよくないですよ。よく眠ってくださいね、今夜は」

 では、と言って踵を返し、翠はカウンターへ消えていった。壁にかけられた鏡を覗けば、目の下には薄紫色の隈がぼんやりと広がっていた。

 寝不足だと気づいてた? この仄暗い店内で、顔を近づけたわけでもないのにそこまで見えるだろうか。

 翠の鋭さに、胸の奥がどくどく震える。こんなの、からかわれているだけなのに。自意識過剰な自分に嫌気がさす。

「美鳥さん、お待たせしましたー。って、どうしたんですか? 頭でも痛いんですか? 鎮痛剤、持ってますよ」

 両手で顔を覆った姿を見た白川さんは、心配そうに声をあげた。なんでもない。素っ気なく返して、お(ひや)を一気に飲み干した。

 頬の火照りはしばらく引いてはくれなかった。
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