それは過剰で艶やかで 【完】
 そうやって喫茶店に通うようになって一か月ほど経ったころ、翠は恋に落ちたと告げてきた。それも、白川さんもいる前で。

 ――本来なら美鳥さんとふたりきりのときに言うべきですけど、なかなかタイミングがなかったので。申し訳ありません、白川さん。

 白川さんは顔を真っ赤にして、「いえいえいえ、どうぞどうぞ! どんどんやっちゃってください! もう、いくらでも! いくらでもどうぞ!」と意味のわからないことを口走った。あのときに誰にも言わないよう、口止めしておくべきだった。

「でも、美鳥っていまフリーでしょ? いいじゃない、楽しめば。もしかして別れたひとを引きずってるとかそういうやつ?」

 ちくり、と胸に痛みが走った。

 もう一年以上も前のこと。それなのに投げかけられた言葉も向けられた眼差しも、すべて鮮明に記憶に刻まれている。ちっとも劣化してくれないそれは、日ごとに深度を増していく。

「……そういう問題じゃないです。そもそも、からかわれているだけで」

「からかって告白するようなタイプかな。あの子、仕事ぶりは真面目だし、そういう冗談を言ったりする感じはしないけど」

 さらっと言われた言葉に、ぎょっとした。
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