それは過剰で艶やかで 【完】
 青信号がちかちかと点滅し、駆け足で横断歩道をわたる。

 うだるような日差し。平日だというのに、駅前は人で埋め尽くされている。真っ黒なアスファルトからは湯気が立ち昇っているようだ。

 クライアントとの話が弾み、打ち合わせが終わったのは十二時だった。

 わざわざ出向いたりせずにウェブ会議で済ませることもできるけれど、顔を合わせるのも悪くない。より相手を身近に感じることができるし、ちょっとしたこぼれ話から見つかる課題や見えてくる本音もある。
 たまにはこうした機会をつくろう。これからもっと暑くなろうとも。

 額から滴る汗をハンカチで拭い、ペットボトルのキャップをきりりと捻ってアイスティーを一口含んだ。渇いていた喉が潤いを取り戻す。

 だけど――まいったな。あの喫茶店に通うようになってから、他の紅茶では物足りなさを感じるようになってしまった。

 紅茶の淹れ方も知らない人間がこんなことを語るのは飲料メーカーに失礼だと思うけれど、舌が欲するものは考える以前に直感的にわかってしまう。

 店へ行こうか? 舌が疼く。

 けれど翠がいなければ、あのミルクティーを飲むことはできない。いつも夜に働いているということは、こんな昼間に行って翠がいる可能性は低い。
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