それは過剰で艶やかで 【完】
「距離が、近いと思うんだけど……」

 ふたたび靴音が鳴り、さらに距離が縮まった。白い手がすっとのばされる。

「だから、距離がっ」

 ぎゅっと目をつむると、やわらかな感触を頬に感じた。二度三度、やさしく撫でられる。

 瞼を震わせながら目をひらくと、翠は頬や髪についた雨粒をタオルでぬぐっていた。耳がじんと熱くなる。

 いったいなにを想像したのだろう。ふたりきりだからといって、ここはお店で相手は子どもなのに。

 ぱちりと視線がぶつかり、翠は笑うように口をひらいた。

「目、つむってましたけど。なにされると思ったんですか」

「……ゴミが。目にゴミがはいって痛かったから」

 あまりに苦しい言い訳だな、と思っていると

「どこですか」

 ぐっと顔を近づけ、両目を覗き込まれた。
 (はね)のように繊細に長い睫毛。琥珀色の瞳に捕えられた身体が汗ばみ、胸の奥が燃えるように熱くなる。

 嘘だとわかっているくせに。ゴミなんて、嘘だとわかっているくせに。騙された振りをして、こうして揺さぶりをかけてくる。
< 33 / 76 >

この作品をシェア

pagetop