それは過剰で艶やかで 【完】
「いや、もう大丈夫だから」

 ぱっと顔を背けると、翠が得意気に微笑む気配を感じた。今度は耳朶をタオルでぬぐわれる。

「風邪ひかないでくださいね、美鳥さん」

「これくらい放っておいても渇くし……」

「駄目ですよ、身体は大事にしないと。ひとつしかないんですから。ああ、美鳥さんが風邪をひいたら看病に行きますね」

「は?」

「お家、この辺ですよね」

「なんで知って……」

 まさか家までついてきた? どこに住んでいるかなんて話したことはない。

 中途半端に口をひらいたままでいると、翠の手がぴたりと止まった。

「美鳥さんって警戒心がないですね」

 お腹をおさえ、くつくつと笑いだす。これはもしかして。

「カマかけた?」

「はい。さすがに住んでいるところは知りません」

 そう言って、翠はまた笑いはじめた。細い三日月のような目。そうとう笑いのツボにはまったのか、目尻にはうっすらと涙まで浮かんでいる。

 今日もまた、まんまとやられてしまった。どうしてこんな子どもの悪戯に引っかかってしまうのだろう。おさまってきた耳の火照りがふたたびやってくる。
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