それは過剰で艶やかで 【完】
 悶々としていると、翠はちいさな笑みを残してカウンターへ戻っていった。BGMが変わる。

 胸をなぞる、ゆったりとしたイントロ。泣き出すようなピアノの音色が雨音と調和して、儚く濡れたメロディーを紡いでゆく。まるで、静謐な子守歌。

 この曲をはじめて聞いたのは美術館だった。クラシックに興味をもったことはないけれど、この曲は不思議と心地よく、すんなりと耳に馴染んだ。

 そう、あれは恋人との二回目のデートで行った美術館だった。

「いらっしゃいませ」

 ベルが鳴り、ふたり連れの女性客がやってきた。翠と同じくらいの年頃の、砂糖菓子でできたような女の子たち。

 雨だというのに少しも乱れていない前髪に、オフホワイトのワンピース。裾についた雨粒をちいさな手で軽く払い、翠を見上げて頬を染める。瞳に宿る無数の星がきらきらと瞬いた。

 ああ、これが翠目当ての客か。

「またいらしてくださったんですね」

 ふたりを席へ案内しながら、翠はにっこり微笑む。
< 36 / 76 >

この作品をシェア

pagetop