それは過剰で艶やかで 【完】
「もしかして、傘……」

「これくらいしないとこの傘を使ってくれないでしょう? 美鳥さんの傘よりも大きいですから、これを使ってください。返してもらうのはいつでも構いません」

「そんなこと言われたって」

 たしかに翠の傘の方がずっと大きい。だけど、そういうことではない。

「はい。使ってください」

「いい。自分のを使うから返して」

「返しません」

 傘をぐっと押しつける翠の手が、みぞおちに触れる。ひととの距離というものがないのだろうか。ぐいぐいと押しつけてくる手にはまったく遠慮がない。自分だけが戸惑っているという事態に、もどかしさが募る。


「だから、いいってばっ」

 強く言うと、まるでそれがスイッチだったかのように翠の手は傘をぱっと放した。咄嗟に手をのばし、傘を掴む。

 ――しまった。

 ふっと微笑み、またお越しくださいませ、と翠は深くお辞儀した。
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