それは過剰で艶やかで 【完】
 念入りに歯を磨いて、うがいをして、がりがりとミントを噛む。それでもコーヒーの重苦しい香りは胃袋の底からせり上がってくる。

 昔からコーヒーは苦手だった。だから今日みたいに仕事中に強い眠気を感じたときや、やむを得ない状況のときだけ口にする。

 きりきりと悲鳴をあげているのは身体か、それとも――

「美鳥。土曜に仕事したでしょ」

「……はい」

 山名さんの指摘に、頷くしかなかった。

 どうしてまた、データの更新日時を誤魔化すことを忘れてしまったのだろう。つくづく自分が嫌になる。これ以上、自分を嫌になる理由なんて増やしたくないのに。

「きちんと休むことだって、仕事のうちなのよ。日曜はちゃんと休んだんでしょうね?」

 鋭い眼差しを受けながら、はい、と答える。向かいの列の空席が視界にはいった。

 がらんとした人の気配のないデスク。春の花束のように並んだ鮮やかなペンたちは行き場を失いかけている。白川さんは今日も休みだ。

「山名さん、少し外に出てきてもいいですか。すぐに戻ります」

「いいもなにも、昼休みもちゃんととってないでしょ。ゆっくりしてきな」

「ありがとうございます」
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