それは過剰で艶やかで 【完】
 熱を帯びていた身体は温度を失い、マイナスへと向かってゆく。

「ごめんなさい。余計なお世話でしたね」

 先に謝られてしまった。出かかっていた「ごめん」がぺたりと喉を塞ぎ、罪悪感が黒々と充満する。

 早く言え。早く謝れ。

 わかっているのに声が出ない。

「でも、ほんとうに無理しないでくださいね。身体はひとつしかないですから。ああ、これ、この前も言いましたね」

 翠はいつもと変わらない笑顔で続ける。いよいよなにも言えなくなってしまった。

「美鳥さんの傘、すぐにとってきます。ここで待っていてください」

 去っていく靴音が、胸に深く刻まれる。

 いったいなにを。なにをやっているんだろう。

 謝ることも待つこともできず、会社に戻った。合わせる顔がなかった。

 その夜はつめたい雨がいつまでもいつまでも降りつづけ、翌日も雨が止むことはなかった。

 なにひとつ。なにひとつ、うまくいかない。
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