それは過剰で艶やかで 【完】
 弱々しい声とは裏腹に、白川さんは迷いなく足早に屋上へと進んでいく。口をつぐみ、そのちいさな背中を追った。

 空では分厚い雲が太陽を覆い隠し、ひかりを塞いでいた。

「彼氏に振られたんです」

 白川さんがそう告げた瞬間、屋上の扉が背後で大きく音を立てて閉まった。

「彼氏に、振られたんです。学生時代からずっとつき合ってて、もう何年かしたらこのまま結婚するだろうなって思ってたんですけど、向こうはそんな気ないどころか浮気してました。よりにもよって、私の友達と。彼氏にも友達にも裏切られて、自分が生きてる意味ってなんだろうって、どんどん余計なことまで考えはじめちゃって。そしたらなにも、なにもできなくなっちゃって……」

 次第にちいさくなっていく声は微かに震え、涙に濡れていた。なにか声をかけようと思っても、なにをどう言ったらいいのかわからず、言葉に詰まる。

「山名さんから、美鳥さんが私の仕事の対応してくれたって聞きました。迷惑かけてしまって、すみませんでした。こんなの公私混同ですよね。こういう私情を持ち込むような女って、馬鹿だなってずっと思ってたんですけど」

 私も同じ馬鹿でした。白川さんは自傷するようにつぶやき、視線を落とした。
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