それは過剰で艶やかで 【完】
「デスクのカップケーキ。昨日、うちの近所のパティスリーで買ってきたんです。ずっと休んでたせめてものお詫びというか。いや、ぜんぜんお詫びにはならないんですけどね。ぜんぜんお詫びには遠いんですけどね。あ、すみません。話、脱線しました。とにかく、そのパティスリーで翠さんに会ったんです。そしたらなんか、元気なかったんですよね」

 やっぱり。あのときはすぐにいつものように振る舞ってくれたけれど、気にしていないわけがない。仲直りなんて子どもだってできることを、どうしてできなかったのだろう。

 ふと、白川さんがなにかに気づいたような顔をした。

「あのう、美鳥さん」

「うん」

「なんか顔色、やばくないですか」

 その瞬間、ぽつ、となにかが鼻先を掠めた。あ、と気づいたときにはコンクリートにちいさな丸い染みがいくつも重なっていた。

「やだー。予報では雨は夜からだって言ってたのに!」

 ばたばたと屋上を後にして社内に戻った。

 頭のなかは靄が広がったように、ぼうっとしていた。だけどまだ、一日ははじまったばかり。風邪薬を水で流し込むと、黄色い粉末が微かに舞った。苦味に耐えて、ごくりと飲み込む。ふーっとため息をつくと、背後に気配を感じた。

 振り返れば仁王立ちした山名さんが、じっとりと見下ろしていた。
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