それは過剰で艶やかで 【完】
「いっ、た……!」

 ごろんと寝返りを打つと、ふくらはぎをつった。ぎゅうっと収縮してゆく筋肉。顔が引きつる。目尻がうっすら涙で濡れる。

 なにをやっているんだろう。ほんとうに。

 喫茶店を避けるようにわざと遠回りして会社へ通って、押し寄せる後悔と自己嫌悪を弾き飛ばすように一心不乱にパソコンのキーを叩いて。日が経てば経つほど謝れなくなるということは、わかっているのに。

 目尻がふたたび湿りだしたとき、遠くでチャイムが鳴った。

 そういえば予約していた小説の発売日がもうすぐだったような気がする。ポストに入らなかったのだろう。ふくらはぎはまだ痛い。気怠いし、面倒くさい。適当に乾かした髪はぐしゃぐしゃで、ハンガーからむしりとった寝巻は色褪せている。

 熱と罪悪と羞恥。思考が揺れる。

「はあ……」

 大きなため息をつき、布団を引っぺがして起き上がった。シャワーを浴びる前に外した眼鏡をどこに置いたか思い出せない。郵便物を受けとるくらいなら、とくに問題もないだろう。
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