ヒーローはかわいい天使さま
「ヘアピン、落ちそう」
 朝もらった桜柄のヘアピンがずれていたらしい。大きな手が乱れた髪に触れ、整えていく。くすぐったくて動くと「じっとして」と怒られた。

「できた。もういいよ」
「ありがとう」
「ほんと、世話がかかる」
「ごめん」
 下を向き反省していると、碧維は労うように私の頭をぽんっとなでた。

「おじさんとおばさんが困っていることに俺は気づけなかった。來実がいてよかった」

 フォローも忘れない碧維はやっぱりやさしい。大人だ。重い荷物を運び、そのあと軽く走ったのに、私と違って汗一つかいていない。頼もしく自分よりひとつも、ふたつも先に進んでいる気がしてすごいと思うと同時に悔しくなった。

「そういえば。なんでさっき、朱翔くんを撮ったの?」
 碧維は顔を窓の外に向けてしまった。

「人に、頼まれて」
「人って誰?」
 質問してもこちらを見ない。私はもう一度「誰?」と彼の腕を少し揺すった。

「……兄貴の、彼女」
「朱翔くんに彼女?」
 目を見開いて聞き返した。すると、碧維はようやくこっちを向いた。

「ショック?」
「ショックだよ! でも、そうだよね。朱翔くん大人でかっこいいし、いるよね。彼女の一人や二人や三人」
「二人や三人って……。朱翔の彼女は何人もいないよ」

 幼いころはよく三人で遊んだ。朱翔が働き出してからは会う機会が減っていたから、知らなかった。

「朱翔くん、先に社会人になるし、遠く離れていくみたいで少し寂しいな」
「六つも上なんだ。しかたないだろ」
「彼女さん、どんな人? 何歳?」
「俺たちより年上で、兄貴にべた惚れ」
「いいなあ、うらやましい。でもべた惚れする気持ちもわかる。朱翔くんかっこいいし」
「來実は、兄貴のどこがかっこいいの?」

 碧維はいつになく真剣な目で、顔をのぞき込みながら聞いてきた。
「頼れるところ。あと、強いし頭もいいところ!」

 朱翔はスポーツ万能、勉強もできた。きれいな顔の碧維とは違うタイプのイケメンだ。
「俺は?」
 さっきからまつげの本数がわかるくらい近い。じっと見つめられると、どうも落ち着かない。座席が狭くて逃げられない私は、顔だけを横に向けた。

「……碧維は、かわいい、かな」
< 5 / 19 >

この作品をシェア

pagetop